「価格交渉」は、貿易取引の最も重要なポイントです。日本国内では売主と買主の距離が近いため、対面で商品の受け渡しができたり、トラブルが起こってもすぐに駆け付けて問題解決に取り組んだりできます。しかし、海外との貿易取引ではこのような対応が難しいため、事前にルールを明確化する必要があります。

ここでは、海外から引合いを受け、価格提示を求められた場合に注意すべきポイントを説明します。

価格交渉する上で重要な3つのポイント

1.当事者の「義務」の明確化

国境を挟んで貨物が長距離移動する貿易取引においては、多くの手続きが必要となります。例えば、輸出国・輸入国での通関申告と許可取得、国際輸送の手配、貨物に対する外航貨物海上保険の手配など。これらの手続きを売主がするのか、買主がするのか、条件交渉や契約の時点で明確にしておきましょう。

2.商品の受け渡し場所

売買契約をどの時点で履行するのか、つまり、輸送中の貨物の商品価値の損失・滅失を意味する「危険リスク」をどの時点で売主から買主に移転するのかを事前に決めておく必要があります。

3.「費用負担区分」の明確化

売主が提示し、買主が合意する貿易価格にどのような費用(国内運送費、通関料、海上運賃、保険料、関税など)が含まれているのかも事前に確認してください。

例えばあなたが、海外旅行先で何らかの商品を生産者から購入し、日本に持ち帰るとします。または、同じ商品をECサイトで購入し、国際宅配便で自宅まで配送してもらうこともできます。
いずれも売主・買主の関係や商品は同じですが、前者は売主から商品を受け取った後、買主の手配と費用で自宅まで持ち帰ります。一方、後者は売主側の手配と費用で、買主の自宅まで配達します。
もし輸送途中に商品の破損や紛失があった場合、一般的に前者では買主の責任、後者では売主の責任になります。どちらを選ぶかで、買主が支払う価格も異なってきます。
つまり、同じ商品であっても受け渡し場所が異なると、両者の責任区分が変わり、その結果として売買価格も変わってくるのです。

貿易取引においても本質は同じであり、事前に取引条件を詳細に定義し合意しておかないと、商行為が成り立たなかったり、売主・買主間で大きなトラブルに発展する可能性があります。

貿易の国際ルール「インコタームズ」

国際取引において、前述した3つのポイントを都度協議・交渉し、契約合意するのは手間も時間もかかります。

そのため、1936年に国際商業会議所(ICC)が「貿易取引条件の解釈のための規則」として作成したのが、インコタームズ(International Commercial Terms)です。

インコタームズはこれまで、貿易取引の環境変化に合わせて9回改訂され、最新版は2020年1月1日に発効されました。このインコタームズ®2020では、定型的な貿易取引条件である下記の11種類が定められています。

インコタームズ®2020の2つのクラスと11規則
(ICC Rules for the Use of Domestic and International Trade Terms)

補足

1)インコタームズは法的な強制力を持つものではなく、売主・買主双方の採用合意により有効となります。またインコタームズが改訂されたからといって、売主・買主間の古い合意内容が自動的に上書きされるものではありません。例えば、1つ前のバージョンであるインコタームズ®2010を採用した契約書を2019年に締結した場合、その契約は両社が修正しない限り、2020年及びそれ以降もインコタームズ®2010をもとに解釈されます。

2) インコタームズは「義務」「危険」「費用」を規定するものであり、それ以外の項目(代金支払いや所有権の移転等)は規定しておらず、売主・買主間で別途取り決める必要があります。

3)各規則は、表にある通りアルファベット3文字で示されます。その後に「地名・港名」を付け、どの年度発効のインコタームズに準拠するのかを併記します。
例:FCA Osaka Incoterms2020 US$100.-,
CIF Shanghai Port Incoterms2010 Japanese Yen10,000.-

4)商品の受渡し場所は、アルファベットの最初がE, F, Cで始まるものは輸出国側、Dで始まるものは輸入国側(持込渡し)となります。(但し、C系における売主の費用負担は輸入国仕向地・港までとなり、危険と費用の限界が異なる点に注意)各貿易取引条件に関する「義務」「危険」「費用」の詳細については、国際商業会議所の日本委員会から発行されている「インコタームズⓇ2020 英和対訳版 」で参照できます。

価格交渉のカギは「陸揚げコスト」

本船へのコンテナ積込み作業(神戸港沖にて撮影)

貿易取引においてインコタームズを採用する場合、売主からみて負担が最小となるのがEXW、反対に最大となるのがDDPです。では売主として、取引条件(建値価格)を負担が少ないEXWで合意すべきかというと、そうとも言い切れません。インコタームズは検討の一要因にはなりますが、買主は総合的に取引の意思決定をしているからです。

例えば、日本企業が売主である商談に、他国の競合他社も参加していたとします。第三国の買主に対し、売主がそれぞれ自国の工場渡し(Ex Works)で同等品の価格提示をした場合、買主が正しく価格評価することは困難です。商品受渡しの場所が異なり、同一条件での比較にならないためです。

買主にとって重要なのは、製品の最終調達コストです。つまり、買主の倉庫や事務所に入るまでにかかる全ての金額の合計である陸揚げコスト(Landed Cost/DDPに相当)が分かって初めて、意思決定が可能となります。

インコタームズのFCA(運送人渡し)価格とCPT(輸送費込み)価格を比較した場合、FCA価格に運賃は含まれていないので、国際輸送は買主が手配し、運賃は着払いとして直接運送人に支払うことになります。一方、CPT価格には運賃が含まれているため、製品価格の一部が運賃として売主から運送人に支払われます。

このようにインコタームズの条件が異なっても、貿易に関する諸費用を最終的に買主が負担することになるため、陸揚げコストが重要なのです。

価格交渉で競合に勝つために

海外企業との価格交渉のポイントは、「競合と陸揚げコスト」を意識する事です。買主は通常、陸揚げコストを踏まえて採算が取れるかを判断しています。EXWからDDPに進むにつれ、売主の負担は増えますが、売上単価も増加していきます。

「売主が管理できる原価やマージン」「貿易価格に含まれるが社外に支払う経費」「貿易価格に含まれないが陸揚げコストに影響するもの」などを分析・試算し、交渉過程で買主からでてくる要望(カウンターオファー)に対して、どこをどの程度削減すれば満足できるか検討し、これを繰り返してください。

価格交渉には、貿易の各種費用に対する知識や原価計算、特に個別採算の管理が重要となります。どのインコタームズを採用するかは、調達コストが最適化され、かつ売主・買主双方にとって都合の良いもので合意すればよいでしょう。

さらに以下の要因が、買主の取引意思決定には影響してきます。

・製品仕様
・決済通貨
・支払い条件
・納期
・最低注文数量と注文単位
・製品保証、他

自社で管理できそうにない項目でも、十分な分析・検討によって、妥協点が見つかる場合があります。そのためにもコミュニケーションスキルを磨き、買主と粘り強く交渉することが大切です。

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中小機構近畿本部 国際化支援アドバイザー 益倉 孝

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