海外で取り交わされる多くの国際取引では、英文契約書が使われています。

普段私たちが日本でよく目にする日本の契約書は、日本法をもとに構成されており、日本法は、いわゆる『大陸法』体系の法律です。一方で、英文契約書は、日本の契約書とは異なり、基本的には『英米法』体系の国の法律をもとに構成されることが多いです(ただし、どの国の法律に基づくものであるのかは、契約書中の「準拠法(Governing law)」の条項において規定されますので、英文契約書でも日本法に基づく場合もあります。)

『英米法』と『大陸法』は考え方が異なる法律ですので、このような違いのみからしても、日本の契約書にサインするように、英文契約書にサインしてしまうと、取り返しのつかない大きなトラブルに発展する可能性があります。
下記の5つの状況は、英文契約書についてご相談をいただくTOP5です。サインしてはいけない“こんな時“とその理由をQ&A方式で詳しく解説します。

【サインしてはいけない理由1】
契約書を構成する項目(条項)が、日本の契約書と英文契約書では異なります。
日本の契約書と英文契約書を見比べながら、それぞれの項目(条項)を突き合わせようとしても、大陸法に分類される日本法とは、ベースとなる法体系が異なり、英米法体系である場合が多いため容易ではないでしょう。

例えば、定義(Definition)条項は、英文契約書には必ず含まれていると言ってよい条項で、契約書の中で何度も出てくる用語を定義するものです。日本の契約書で見かけることは少ないでしょう。国や法律、文化風習によって違う意味を持つリスクがある用語を、予め確認的に定義し、互いの誤認識を避けようとするものです。

日本の契約書を英語に訳し、それを英文契約書として、海外企業と交渉を進めることは、定義(Definition)条項のほか、例えば、約因(consideration)に関する定め、経緯(Whereas clauses)、権利放棄(Waiver)、補償(Indemnity)、完全合意(Entire Agreement)の各条項などといった本来の英文契約書に当然含まれているべき項目(条項)が抜け落ちている可能性が高く、お勧めできません。

ポイント:英文契約書には、日本の契約書にない概念や項目(条項)が含まれている。

【こんな時2 契約書にサインを求められています、先方とは色々やり取りしてきたので大丈夫だと思います。】

【サインしてはいけない理由2】
海外での契約締結の大きな分かれ目は、『自分だけはトラブルに巻き込まれない』という正常性バイアスを、俯瞰した視点と理性をもって、しっかり振りほどけるかどうかにかかっています。

日本では『性善説』をもとにビジネスを進めますが、日本以外の多くの国での前提は真逆の『性悪説』です。つまり相手が約束を守らない可能性は、低いのではなく非常に高いかもしれないことを前提としています。

そのような前提がある中、お互いに少しでも安心してビジネスを進めるために契約書を交わすのですから、まずは今までのやりとりは一度脇に置き、契約書の内容そのものを客観的に熟読することが重要です。

英米法系の諸国では、慣習や不文法(文章化されていないが当然守らなければならないとされている法)を文章、条文の形に残すことが契約書の役割と考えられています。そのため、英文契約書では、そこに書いてあることがすべてですので、今までの人間関係や、今までのやり取り、今までの約束については、もし契約書に書かれていないようでしたら、基本的には守る必要はありませんし、逆に、先方が守らない時も責任を追及することはできません。

ポイント:英文契約書が非常に厚くなるのは守ってほしいことを全部書くから。そこに書かれていることがすべて。

【こんな時3 今回は商社さんが間に入って客先、当社の3社で契約するため、ひと安心です。】

【サインしてはいけない理由3】
契約当事者には、その契約をすることにより得られるメリットと負うデメリットがあります。そのため、契約を締結する際には、事前に想定できるシチュエーションを可能な限り検討し、譲歩できる範囲を予め決めておいた上で、契約当事者それぞれの責任と義務の範囲が契約書に網羅されているかどうかをしっかりと確認しておく必要があります。

例えば、商社を介した契約によって、代金回収のリスク(ただし、どの国の法律に基づくものであるのかは、契約書中の「準拠法(Governing law)」の条項において規定されますので、英文契約書でも日本法に基づく場合もあります。)、が減ることは当社(売主)にはメリットである一方、商社にはデメリットです。逆に納入後の商品の不具合対応をすべて売主が行うことになっている場合には、その最終的なコスト負担が無いことは商社にとってはメリットとなり、当社にとってはデメリットです。

しかし、支払いが後払いで、納入作業中に不具合が判明した場合、当社はどうなるでしょうか。

つまり、
・支払いは検収後○○日以内
・据付試運転中に商品の不具合が判明
・その不具合は、最初の商品選定や仕様決めの際の、客先と商社の認識の相違が遠因
・責任と義務の範囲を明確にせずに3社がサイン済み
という契約の場合、

・代金未回収のまま
・問題が解決するまで当社がコスト負担し不具合調整し続けなければならない
という不利益が避けられない場合もあるでしょう。

少なくとも、『不具合の原因は基本的にすべて当社にある』、と読み取れる契約ではなく、『○○の場合は当社に責めは無い』、という『○○』の状況を1つずつ具体的に挙げ、当社の責任と義務の範囲を事前に出来るだけ軽減しておかねばなりません。

得るメリットと負うデメリットのアンバランスを見抜き、いかに当社に有利にバランスさせるか、といった当社自身による主体的な取り組みが重要です。

ポイント:
良いことだけではなく、起こりうる悪いことすべてをシミュレーションしたうえで契約書に盛り込むことでやっと、ひと安心。

【こんな時4 立場上、海外の契約先には強く言えないのです。】

【サインしてはいけない理由4】
海外企業との初めての契約の場合、どうしても受注したい気持ちが高まり、先方の心証を悪くしたくない、波風を立てたくないと、契約内容の修正、削除、追加などを積極的に交渉しない日本企業は多いようです。

しかし元々、先方が用意する英文契約書のひな型は先方に最大限に有利な条件を盛り込んで作成されています。先方のひな型を全く修正することなくサインすることはむしろ稀有なことです。最初のひな型をたたき台に、互いに主張したり妥協したりしながら、丁寧に落としどころを探っていきます。これは心証を悪くすることでも波風を立てることでもなく、相手方も予想していますし、英文契約書の交渉においてごく一般的な交渉スタイルです。

まずは修正案を伝えてみましょう、その際は修正の理由を論理立てて説明できるとなお良いでしょう。

ポイント:相手のひな型は100%相手に有利に作られている(そのままだと当社が不利になるように作られている)

【こんな時5 契約後に何か問題が発生したら、その時は先方と話し合います、弁護士にも相談します。】

【サインしてはいけない理由5】
問題が起きた時こそ、英文契約書だけが頼りになります。
なぜなら日本の契約書に見られる『規定に定めのない事項については、甲乙誠意をもって協議の上、解決するものとする。』という条文は英文契約書には存在しないためです。

問題が起きた時に話し合いをしても、先方からも弁護士からも、今の英文契約書の内容に従って解決方法を探りましょうと返答されるでしょう。話し合いや弁護士の支援があれば、すでに締結している英文契約書の内容よりも当社に有利な条項が、あとから当社に都合よく付加又は解釈により導かれるということは原則として無いのです。

例えば、売主側で総代理店契約(独占販売契約)を3年の契約期間で締結した場合、その期間中に先方が思うように売上げをあげてくれない中で、より大きな代理店から好条件のofferが舞い込んできたからといって、中途解約条項が契約に盛り込まれていない限り、3年契約の途中で契約を一方的に解約することはできません。これでは大きな機会損失なので契約を止めたい、先方に非はあるのは明らか、と伝えても、話し合いや弁護士の介入で、『そうですか、判りました、弊社の努力が少し足りませんでした、今後努力します』と言われるだけです。

想定外に販売数が少ない、機会損失なので契約を解約したい、と事後的にいうのではなく、契約の中途解約条項を定め、かつ契約を継続するに足りる販売数とは具体的にどのくらいの数なのか、機会損失とは具体的にはどのような場合を言うのかを、予め契約書内に明文化しておかないと、事後的に先方と販売数をめぐってトラブルが発生した場合に、交渉の舞台にすら上がれません。

万が一、先方が契約期間中の解約に応じた場合でも、先方から解約することより生じた逸失利益などの損害賠償について具体的な話を進めましょうとなり、結局、当社が無傷で済むことは無いでしょう。

ポイント:問題発生時に『誠意をもって話し合う』は通用しない。弁護士には問題が起こってからではなく、契約前に相談する、がグローバルスタンダード。

いかがでしたか。

海外では日本の契約書をそのまま翻訳して使用しても、事業展開上のトラブルを未然に防ぐことは難しいため、英文契約書を新規で作成した上で、各契約条項の『海外仕様』をしっかり理解しておく必要があるでしょう。

商品やサービス、技術やビジネスモデルに、当社独自の優位性があったとしても、契約内容の不備が原因で、余計なコストがかかり事業が立ち行かなくなるのは、大変もったいないことです。この機会に海外展開に向けた社内体制と契約書のひな型を是非見直してみませんか。

おわりに

中小機構では、

・海外展開は初めてで、契約について不安に思っていることがある
・自社の英文契約書のひな型が、強い契約書になっているか知りたい
・英文契約書にサインを求められているが、正しく内容を理解できているか自信がない
・契約することでどんなリスクがあるのか、自社では見当がつかない
・今まさに交渉中だが、論点の整理ができず、誰に相談すればよいか判らない

などのご相談に常時対応しています。(海外の弁護士資格を持つアドバイザーもいます、秘密は厳守します。)

何が起こってもおかしくないニューノーマルな時代、気になる事や不安な点は早めに対処していくことが、未来のリスクを大きく減らすことにつながります。小さな疑問をそのままにせず、お気軽に中小機構の海外展開ハンズオン支援をご利用ください。

中小機構 中小企業アドバイザー(新市場開拓)伊藤 亮介

中小機構 中小企業アドバイザー(国際化・販路開拓) 小川 陽子

中小機構について

中小機構の「海外展開ハンズオン支援」では、国内外あわせて300名以上のアドバイザー体制で、海外ビジネスに関するご相談を受け付けております。

ご相談内容に応じて、海外現地在住のアドバイザーからの最新の情報提供やアドバイスも行っております。ご利用は「何度」でも「無料」です。どうぞお気軽にお申し込みください。

「海外展開ハンズオン支援」
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公開日:2021年 11月 30日