ヤシマは自動車用バッテリーの液口栓(キャップ)を中心に樹脂成形品、各種電池部品を手がけている。2013年1月にタイ進出し、全額出資子会社のTHAI YASHIMAを設立。同年6月から現地で液口栓を主体に電池部品を生産している。
液口栓はプラスチック部品やゴムパッキンなど四つの部品で構成されている。ヤシマは本社工場に完全自動化された24時間無人生産ラインを持ち、タイでも自動化に取り組んでいる。すでに一部自動化を実現しており、プラスチック部品を生産する射出成形機は24時間無人で稼働しているという。
タイでは4月に材料供給、射出成形、製品搬出、保管、梱包(こんぽう)までを一つとした液口栓用製造ラインを1ライン増設し、合計で4ラインとする予定。箕浦裕社長はライン増設で「生産量が3割アップする」とみている。
生産の自動化で中国に対抗
90年代前半までヤシマは携帯電話用リチウムイオン電池パックなどを主力製品としていた。しかし、携帯電話メーカーが中国に進出したことを受け、部品メーカーも相次いで現地に生産拠点を移転した。箕浦社長は「すごく衝撃的だった」と振り返る。
ただ、バブル崩壊後の景気低迷もあって中小企業が単独で海外進出することは困難だった。やむなくヤシマは自動車用バッテリー部品や産業用大型電池部品の生産など海外移転が難しい分野を軸に事業展開していた。
そんな時、自動車用バッテリーメーカーの購買担当者がヤシマを訪れ、「日本と同じ品質で中国と同じくらいの値段で作ってくれたら取引を検討する」と言ってきた。当時は中国の人件費が日本の20分の1という状況だった。箕浦社長は「自動化しかない」と生産の見直しを決断した。
本社所在地の東京都大田区は機械加工などの町工場が集積する地域。それだけに自動化ラインを独自開発する環境に恵まれており、区内の中小製造業や装置メーカーと協力して中国での現地生産に対抗できる液口栓の自動化ラインを作り上げた。
取引先の要請でタイに進出
2000年代に入ると、タイで日本の自動車メーカーが本格的な自動車生産に乗り出した。ヤシマが日本で液口栓の24時間自動生産が軌道に乗ったころ、取引先である自動車メーカーやバッテリーメーカーから「タイは東洋のデトロイトになる。ぜひ進出して欲しい」と要請されるようになった。
実は日系の自動車用バッテリーメーカーは70年代前半にタイ進出を果たしており、地元企業から部品を調達していた。ただ、タイ製部品は品質に問題があった。そのため新品バッテリーも1年程度で壊れるのが当たり前とされ、品質要求もそれほど厳しくなかった。
しかし日系自動車メーカーが本格生産に乗り出すと、タイ製バッテリー部品の品質が問われるようになった。自動車バッテリーは電解液に希硫酸を使っており、振動で液漏れしないように機密性を保っている。中でも液口栓はバッテリー内部で発生した水素ガスが漏れて引火するのを防ぐ最重要保安部品に位置づけられている。こうした要因もあって液口栓の品質評価が高いヤシマのタイ進出が望まれた。
周囲の期待が高まる中、ヤシマは06年から本格的にタイ進出の検討に入った。大田区の外郭団体である大田区産業振興協会の協力により、タイのアマタナコン工業団地を運営するアマタコーポレーションのビクロム・クロマディット会長がヤシマ本社を訪問。ビクロム会長は「土地や建物を用意するから、ぜひ当社の工業団地に進出してほしい」と熱心に誘いをかけた。その際、箕浦社長は本社がある大田区の工場アパートを思い浮かべ、「貸し工場をそろえてくれたら検討する」と返答。すると06年にアマタナコン工業団地の一角に大田区産業振興協会が中心となって立ち上げた集合工場施設「オオタテクノパーク(OTP)」が完成した。
OTPは区内企業がタイなど東南アジア進出することを後押しするのが目的で、製造拠点として活用できる貸し工場をいくつもそろえている。これで箕浦社長が求めていたタイ進出のための環境も一気に整った。
ただ、箕浦社長の実父が亡くなるという不幸もあり、しばらくタイ進出を延期することになった。その間にも区内企業の進出が相次いだ。これに合わせてOTPも拡張され、第3期工事の建物が完成したことで、13年にヤシマはついにタイ進出を果たした。
受注量は生産量の2倍
箕浦社長は海外進出の有力な候補国としてタイを念頭に置いていたが、中国進出も検討していた時期があったという。実際に大連や遼寧といった地域の工業団地を視察したこともあった。だが、先に中国進出した日系企業が人件費の高騰や労務管理の問題などに頭を悩ませて事業がうまくいかない様子を見て、「中小企業が中国に進出するのは無理だ」と考えて断念した。
最終的には自動車用バッテリーメーカーなど取引先の要請、OTPの開設がタイ進出の決め手となった。また現地に液口栓の部品であるゴムパッキンを調達できる日系メーカーであったことも大きかった。事業継続の難しさから海外進出に二の足を踏む中小企業も多い中、現地の日系企業などが呼び水となって進出を果たすことができた成功ケースと言える。
現在、タイの液口栓生産は好調だ。製造ラインが3ラインの水準で受注量は生産量の2倍に達している。生産能力の不足分を補うため外注企業を活用している。4月には1ライン増設するものの、受注が好調であるため当面は外注も活用するという。
現地生産の自動化拡大も検討
現地法人のTHAI YASHIMAには約40人の現地従業員が働いている。日本の本社従業員は23人であるため、2倍近い人数と言える。これは日本に比べて生産が自動化されていないためで、液口栓の組み立てなど手作業に頼っている部分も多い。
生産量も日本とタイでは大きな差がある。日本は完全自動化の生産ラインが整備されているだけあって月産600万~700万個を生産している。一方、タイでは生産ラインが3ラインであることや手作業の部分が残っているため、月産200万~250万個にとどまっている。さらにタイでは経済成長に合わせて国民の意識も変化してきている。より賃金の高い企業への就職や転職が増えてきており、人件費が上昇する要因の一つになっている。それだけに将来は中国と同様に、人件費の高騰や労働力の確保といった課題に直面する可能性もある。箕浦社長は「賃金が上昇する中で福利厚生にも力を入れ、従業員の期待に応えたい。できる限り進出先のOTPで頑張っていきたい」と語る。それでもコスト上昇を抑えるために人件費が一定の水準まで達した場合、「本社工場と同じように製造の自動化に取り組まざるを得ない」と考えている。
また、今後は自動化などの進展により外注に出していた仕事を内製化する構えだ。自動車メーカーやバッテリーメーカーといった主要取引先の多くがタイで製造を続ける中、現地で質の高い部品を安定供給することが求められているからだ。
タイ国内には日本製に品質で劣るものの、安価なバッテリーが数多く流通されている。価格面だけ見れば現地製品に太刀打ちできないだけに品質で勝負することが日系メーカー共通の戦略と言える。箕浦社長も「自動車メーカーが『このパーツでなければいけない』と当社製品を指定してくれる。最重要保安部品である液口栓の性能や機能に満足している証だ」と品質に自信を示している。
日本と同等の品質を取引先から求められる中、タイの現地従業員のレベルアップが課題となっている。そこでヤシマは海外産業人材育成協会(HIDA)の支援で工場長をタイの工場に派遣し、従業員を指導するなど人材教育に力を入れている。
今後はHIDAの補助事業を活用し、日本でタイ人従業員の研修も実施する予定だ。タイ人従業員の中から若手を中心に選抜する方針。現地工場を日本と同等の技術レベルに引き上げるための指導役として育成する。箕浦社長は「日本で研修した人材はタイ帰国後に大きな戦力になる」と期待している。
ヤシマはタイを拠点として周辺国に進出を計画する取引先向けにバッテリー部品を供給する計画。ただ、新興国を中心とした景気の減速もあって取引先の新規プロジェクトが停滞している。そのような状況の中でもタイの自動車生産は比較的堅調で液口栓生産もそれほど落ち込んでいないという。ただ、当面は生産品目を増やさず、液口栓に特化する方針としている。
自らの目で見て海外進出を
国内市場が縮小していく中で、中小企業が生き残りをかけて海外に進出するケースが今後ますます増えると考えられる。それだけに箕浦社長は「(進出先の)その国に根を張って、どう成長していくかがカギになる」と指摘する。
箕浦社長がタイという国で見て感じたのは国民のプライドの高さだった。こうした気質を理解せず、低賃金を理由に進出して尊大な態度で従業員に接すると大きな反発に合うという。また、女性従業員で優秀な人も多く、「組み立て工程を紹介した日本のビデオを見て、あっという間にビデオのモデル役よりも早く組み立てられるようになった」と目を見張る。
こうした国民性や風土をよく理解した上で事業展開することが海外進出を成功に導く早道だと言える。特に製造業は工場の確保や生産設備の導入など海外進出にかかる投資が多く、うまくいかないと言って簡単に撤退できない事情がある。箕浦社長は「海外進出する上で相手の国や国民性を自分の目でよく見ることが大切だ」とアドバイスする。
プロフィール
株式会社ヤシマ
所在地 東京都大田区西六郷4の28の15
創業 1934年
資本金 5000万円
従業員数 23名
電話番号 03・3732・7726
URL http://www.k-yashima.com/
公開日:2016年 4月 25日
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