「海外をちょっとのぞき見コラム」は海外現地の最新状況やホットなトピックスをお伝えするコラム記事です。第23回目は、アメリカにお住まいの岸岡アドバイザーに現地事情をお聞きしました。

※なお、このレポートは2022年5月時点の情報であり、現在の状況と異なる可能性があることをご了承ください。

アメリカでは採用面接も、面談アポも、ハイブリッド展示会でのZoomのブレークアウトルームでも『ゴースティングされました・・・』ということをよく耳にする今日この頃です。
キャリア形成の為に早い段階で様々な職務経験を積むアメリカ。平均勤続年数も25〜34歳では2. 8年、35〜44歳では4. 9年、45〜54歳では7. 5年となっており、FIREを目指して猛烈に働き自分を活かせる道を模索します。(ゴースティング:突然に一方的に友人・知人との連絡を絶つという意味で用いられる英語表現である)

その様なアメリカでは空前の大離職時代を迎えており、人材の売り手市場が続いています。進出日系企業も遠慮気味に「貴方の個人的事情を加味した勤務形態に対応しています」という企業も増えてきています。下記グラフのとおり2021年から異常な曲線を描き、アメリカは大離職時代突入の様子です。以前は中流年収層が離職していましたが、過去一年は年収1,000万円以上のクラスの幹部クラスも簡単に離職していることは特筆すべき異例な事態です。

問われる職場の価値

アメリカ企業でも45歳以上の中間管理職たちは部下の社員が目の前で一生懸命に働いていないと落ち着かない、という点は日米同じようです。「広いオフィスを持つNY等の大手の人気企業などは、ソーシャルディスタンスを充分に確保し、全員出勤を命じている強気の会社もあります。一方で、充分なスペースのとれない多くの中堅中小企業では在宅勤務ができるということを一つの企業ベネフィットとしてアピールし始めています。」(米人材会社・アクタスコンサルティング談)

アメリカを代表するフォーチュン企業では、少なくとも今年6月迄は、例えば月曜日と金曜日は在宅というように、在宅勤務と出勤のハイブリッド勤務を提供している企業も多くあります。アメリカでは家庭や住宅の事情から出勤が難しい従業員もおり、百人百様のダイバーシティな勤務形態への対応が求められつつあります。アメリカ企業の72%の管理職者は最低週に2日の在宅勤務を希望しています。(PwC調べ)

問題は同じ企業でも在宅勤務者と出勤者のタイミングが違うことから同時に複数のキーパーソンと面談が出来なくなり、また、そもそも不要不急の面談は極力減らす傾向が強まってきたことです。

2022年4月に2年ぶりに(ローテーショナル)出勤を祝うシカゴの企業

企業は会社に来る意義の研究を重ね、企業文化の啓蒙促進、イベントを通した人と人との交流によるイノベーションの創出、社内のフレンドシップが芽生える事など、出社の意義を謳いはじめています。ZOOM会議ばかりを実施しても、周辺情報や雑談から生まれる新たなアイディア創出が生まれにくいとの声もあります。合理性だけでは説明できない、無駄に見える事の中にも価値がある、これもリモートワークの中で認識された事ではないでしょうか。

過去100年の働き方に終止符

そもそもアメリカでは仕事の為の住居ではなく住居に応じた職場を決定しているとともに、コロナ禍前よりその職場間の距離を埋める為にテレコンなどをガンガンやっていた背景の違いがあります。アメリカでは更に専門性の高い人材が求められる傾向となっており、コロナ禍前より在宅勤務Work From Homeを通じて、職種に応じては世界のトップ人材を起用する取組みもはじまっていました。例えば、EVメーカーのスタートアップであるLucid Motorsの立ち上げ時には一万人以上の世界のデザイナーからデザインをプレゼンさせることにチャレンジしました。ダイバシティ&インクルージョンも日本でも話題となりはじめていますが、日本のインクルージョンよりも深化した領域に突入し、フォーチュン企業では社員の個々の隠れた才能を如何に加点的に引き出せるかという研究を進めています。

全員が「働き方」初心者の時代

コロナ禍を通じてこれらの働き方が助長され、急速な予測不能な変化の時代を迎えたいま、組織の在り方も変革を求められています。企業は上司や管理職から従業員への指示という一方通行がまかり通らない、過去の経験が活かせない課題への挑戦をすることとなります。従来の難題・課題ではなく、予測が不能で変化が激しく厳しい天気・気象や環境の中で、庭園や植物を育むような取組みとなります。このように全ての仕事の課題は生き物の様に変化していく時代と形容されています。
その様な状況では解は一つではなく、様々なことを皆で細かくスピーディにトライ(実践)をしていくことが求められています。チーム毎のメンバー全員が参加して双方に提言してそれらをミクロ実践を繰り返す学習のエコシステムを構築していくことが肝要といわれています。完璧な執行方法は存在しない世の中であるという前提のもとで、前進していくための良い執行方法をチーム関係者全員で限定的に実践していく。これらの実践を通じて、後の取組みに対して示唆を生むプライミング効果となることが期待されています。全員が働き方に対して素人、全員が仕事の仕方を初心者として学ぶ姿勢が重要な時代であるといえます。「仕事は出社して当たり前」という前提を捨てなければなりません。

展示会も日々の仕事も複数のアプリを活用し対面型からバーチャル/ハイブリッド型へ

スナイパー方式へ

また、対面ができにくい事により新規営業、事業開拓等の職種には大きな影響を及ぼしています。下表 の通り、営業関連は、ターゲット顧客を絞ったスナイパー方式で、顧客のニーズにピンポイントであわせたカスタム提案が求められています。

日米の企業、文化、組織の違い、右表はアメリカにおけるコロナ禍前後の主な変化

プリミティブなマーケティング手法のShow and Tell(見せて解説する)スタイルが効果的であった展示会の開催もリアル展とバーチャルを掛け合わせたハイブリッド型として再開しつつありますが、出展社や来場予定者ともにコロナ禍前の様な来場のきかっけが減ったという声も聞かれます。但し訪問者や来場者の数が問題ではなく、顧客の課題認識に合わせての対応が可能になり、引合いや商談はコロナ禍前を上回るレベルであるという出展社が大半を占めています。今後はリアルとバーチャルの組み合わせで、顧客の問題課題の認識レベルに合わせた提案ができるようになってくるでしょう。

今後の展望

シカゴ界隈の企業では半年後には出勤と在宅勤務が50:50くらいになるという声が多いです。今年は政策金利が0.5%づつ7回の利上げが予想されており、企業活動にも大きな影響があるでしょう。人材が売手市場から買い手市場になる風向きの変化で企業の在宅勤務ポリシーも変わる可能性があります。アメリカではマイノリティ民族背景の人種がマジョリティ比率を超えると予測される2045年に向けて更なる変革に挑戦をしていくこととなります。これらの方々の嗜好やニーズに応じた新たな働き方改革も生まれるでしょう。これらによる変化を注視しながら、新たな変化への対応を実践していくことだと考えます。

日本は就職でなく就社ともいえる、終身雇用をベースとした勤務体系やジョブローテーションが主流となっていますが、これを変える必要があると考えます。仕事は時間ベースとして捉えられていましたが、アメリカでは一層スキルベースになってきています。結果として、スキルを活かして副業して一人が同時に何社にもスキルを提供しはじめています。人が企業や組織からますます切り離されやすくなってきています。

暗黙知から形式知へ

リモートワークは専門性が前提となります。ジョブローテーションは全体感の把握、社内での人的つながりは強くなりますが、一方で専門性が育成されにくいのは周知の通りです。リモートワークでは人との接触が少なくなる分、一人で業務を進められる高度な専門性が必要です。一方で、専門性があっても職人的に知識経験を個人に囲われることも企業として望ましくありません。それを防ぐ為には、社内外ともに暗黙知を形式知に切り替えておく必要があります。今まで、リアルに全員集まって、逐一全てを共有してきた方法を、バーチャルでも実現できるようなシステムやツールを開発導入し活用することが効果的だと考えます。アメリカのスタートアップでは、入社初日に50種類以上ものITツールやアプリのトレーニングを実施するスタートップもあります。(「アメリカってマニュアルやプレゼンが好きですよね」、ではないのです。(笑))

岸岡アドバイザー

ココナッツ型からモモ型への転換

さらに、世の中の急速な変化や業界・業種間の垣根を超えた連携が求められる世の中への対応ができる様にすることが重要となります。終身雇用、ジョブローテーションにより、社内では柔軟な人間関係で以心伝心できても、社外とのコネクトは、ココナッツの殻のようにフォーマルで行いにくい文化、制度を変えていく必要があります。一人で進められる専門性を持った従業員に、社外との接触をもっと自由に行えるようにし、積極的に支援していく文化、制度に変えていくことです。桃の皮のように、社外とのコネクトをもっと自由に、もっと多くし、環境変化に対し可能性を模索できる関係を構築する。単なる知り合いではない、様々な人たちと真剣勝負で即コネクトして、相手に忖度せずに、アイディアをぶつけ合い、可能性を模索できるスタイルへの転換が求められると考えます。(「アメリカってカジュアルですよね」、ではないんです。(笑))
私たちは流動性が高まるアメリカのキーパーソン、キャリア向上のため様々な業界の中を動き続けるアメリカ人のタレントを必死で追跡しながら、個々の桃の硬い種を打ち破り深い関係を構築しながら事業活動やサステナビリティにつなげていく精進をしています。
(モモ型:文化間コミュニケーションの専門家フォンス・トロンペナールスとチャールズ・ハムデン-ターナーが提唱した区分)

筆者紹介

岸岡 慎一郎 中小機構 中小企業アドバイザー(新市場開拓)

総合商社(大阪本社)を経てシカゴをベースに「ニッポンのアメリカ事業部」としてアメリカのマーケティング調査、進出支援、事業開拓、オペレーション業務、商社業務、技術移転、アドバイザリー業務などに従事。大手フォーチュン企業には、米国商務省のマイノリティ認定企業として日系製造業のサプライヤダイバシティー向上を支援しています。シカゴに累計36年間在住。

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