ノイズフィルターコイルメーカーのウエノ(上野隆一社長)は、トロイダルコイルの巻き線業として1982年(昭57)に創業した。コイルの巻き線は人手に頼る作業が一般的で、「いかに安く作るか」の視点から1990年に中国へ進出した。スタートは安く作るため、労働力の豊富なところでの生産で競争力を得ることにあった。ただ現在の市場はアジアを中心とする新興国がターゲットだ。海外での「地産地消」をにらんだ市場開拓が進んでいる。2014年にはタイにも工場進出した。国内はじめ海外でも生き残るためには、絶え間ない技術革新を強く意識する。自社開発した次世代コイルとなる「ウエノコイル」は、市場開拓の新たな武器に育ちつつある。

ウエノは家電製品やパソコン、OA機器など電子機器の誤動作の原因となるノイズを除去するノイズフィルターコイルメーカー。14年には海外市場に果敢に挑み、ニッチな分野で活躍する企業を選出する経済産業省の「グローバルニッチトップ(GNT)企業100選」に選出された。約1割のシェアを握る点が評価された。

現在同社は海外生産拠点として、中国の遼寧省大連市と広東省東莞市にそれぞれ工場を設置。両工場ともウエノの100%出資になる。タイ工場も100%出資だ。いずれの生産拠点もノイズフィルターコイルを生産している。大連工場ではトロイダルコイル、東莞工場では次世代コイルのウエノコイルを生産。タイ工場でもウエノコイルを生産している。

海外でも高付加価値の次世代コイル生産

1990年、大連に足がかりをつけた際には当時の現地国営企業に生産を委託する形で進出した。トロイダルコイルは、人手の作業による手巻き生産が一般的だ。労働集約度の高い製品でもある。当初は材料を日本から送って、中国で生産する形で、上野社長は「コスト面は大きなメリットがあった」と振り返る。大連では09年に会社組織を立ち上げ、工場を設立した。ウエノの歴史において、中国での実際の工場進出は東莞工場がそのスタイルに当てはまる。

東莞への工場進出は04年。当時は取引先が深蝨ウ周辺に生産拠点を移しつつあり、取引先への供給を進める上でも華南地区への足がかりが必要だったという。ただ状況は変化し、現在の中国を取り巻く経営環境は人件費が上がり、中国で作るメリットは「90年代とはまったく違う」(上野社長)。90年当時は日本国内と比べると、人件費は20分の1。今では3分の1程度になっているという。上野社長が指摘する中国でのデメリットとしては、民間の事業活動に対して、規制が多く自由度が狭められる点を挙げる。例えば機械の設置など、移動ができなくなってしまったりするケースもあり、独自に開発した生産設備を設置する際には考える部分もある。

ウエノが開発した次世代コイルとなるウエノコイルは、手で作らないコイルを目指している。同社はすでにトロイダルコイルの巻き線を自動で行う装置を生み出しているが、ウエノコイルの巻き線自動機も開発している。

ウエノコイルは、「ロ型」コアに平角線を巻く四角い形状が特徴。従来のコアが「O型」のトロイダルコイルとは形状が違う。次世代コイルは品質、納期の安定性、材料コスト削減など従来のノイズ防止コイルを上回る特性を持つ。材料費の半分程度を占めるという銅線の使用量が少ない利点も大きい。

最大のインパクトは「2個が1個」になること。一般的なトロイダルコイルより特性が良く、低周波帯と高周波帯に1個ずつ使用されていたコイルを1個で置換することを可能にした。同社では70%のケースで効果を確認しているという。ウエノコイルは量産向きで、現在は東莞工場とタイ工場で生産が進む。東莞工場ではトロイダルコイルは外注している状況。東莞工場は「自由度の課題は抱えているものの、基本は拡大方向にある」(上野社長)。

自由度高いタイ工場に積極投資

自動化という技術革新は海外生産での競争力につながっている。ウエノでは従来コイルと新型コイルともに自動巻き線機を開発し、すでに導入している。ここで特筆すべきは新型コイルに対応する巻き線機の方が低コスト化を実現した。コイルをつくる時間も新型コイルに対応する巻き線機の方が短い。現段階では、国内で生み出したコイル生産の技術革新を海外で実践し、競争力を引き出している。量産化に向くウエノコイルのお客さん(取引先)は海外が多く、それゆえに東莞工場とタイ工場が次世代コイルの生産拠点になっている。

中国・大連への進出は、労働力とコスト低減に向けて現地の人的なきっかけがあった。東莞工場の設立は、中国沿岸部への取引先の進出などが背景としてあった。一方で、タイ工場は自由度を確保する点や取引先の進出、日本からの進出企業を支える環境整備などがタイへの進出につながった。14年に進出したタイ工場は現在、ウエノコイルを月産50万個生産。16年の前半には同100万個に引き上げる計画。全量がウエノコイルだが、今後はケース・バイ・ケースで対応を進める考え。

タイ工場は、バンコク近郊のサムットプラカーン県に立地するレンタル工場を借りた。床面積は約1200平方メートル。今後は生産拡大も見込んでおり、増設の検討も視野に入れている。タイでの生産では・梍Nに商工中金の「グローバルニッチトップ支援貸付制度」により、自動巻き線機導入の設備投資資金を調達した。

同制度の活用によるタイ工場の生産拡大に向けた調達資金は5000万円。ウエノによると、設備資金の調達はまだスムーズ。課題は「運転資金の調達」(上野社長)にあると指摘する。設備投資を行うと倍の額で運転資金が必要になってくると見ている。海外に進出した中小企業の運転資金の調達について、調達手段の一段と多様化が求められるという。ビジネスには国境はなくなってきている中だが、運転資金面での資金調達の壁があるのかもしれない。

模倣品対策のためにも一段と創意工夫

海外での市場開拓を進める中、現在の取引先は現地の電源メーカーなど40ー50社になる。12年に本格展開を始めた次世代コイルのウエノコイルが道を開いている。材料調達も中国で生産するものはほとんど現地から調達している。中国では地場企業が調達する価格で買うように長年努力をしてきた。また現在も努力を続けている。現地での本当の相場をつかむのは難しいところだが、トータルコストを引き下げる努力は惜しまない姿勢だ。

ウエノコイルの生産では当然ながら先を行くウエノ。しかし、絶え間ない技術革新がなければ新興国に追いつかれてしまう。すでにウエノコイルをコピー(模倣)する例も出てきているという。コイル自体は模倣もされるが、自動巻き線機などの生産設備はウエノのみという強みが現時点ではある。ただ「いつかは追いついてくるもの」(上野社長)。技術革新の継続が大きな課題で、一段の創意工夫を忘れない。ここがウエノの強みでもある。

具体的にはウエノコイル生産の完全自動化に乗り出している。新型コイルに対応する自動巻き線機はすでに稼働させているが、後工程の自動機開発を段階的に進めている。手作業を自動化に。ウエノが歩んできた歴史でもある。全自動化の推進でウエノコイルの低スト化を追求する。巻き線機以降の自動化はそのスピードが重要な要素になってくる。目指すべきハードルは高く設定し「一気通貫のモノづくり」を、当面は中国とタイで進める方向にある。

難しくとも海外で成長の芽を

現在ウエノの日本国内の生産拠点は本社近郊の三川事業所(山形県三川町)と藤島工場(鶴岡市)。三川事業所はトロイダルコイルの自動化生産による拠点、藤島工場はトロイダルコイルの短納期品に対応している。また技術革新の頭脳となっているのが国内拠点でもある。しかし、市場としてはアジアを中心とした新興国にシフトしていることもあり、市場開拓の主戦場は海外だ。

ウエノが勝負をしているのは、山で例えれば裾野のマーケット。いわゆるボリュームのあるところで勝負している。そのボリュームはやはり海外に出る方が大きい。ウエノが海外に進出したのも当然の流れにある。

海外で勝負をしないという選択肢も当然ながらある。日本国内であれば、言葉の壁や、商習慣の違いもなく、なんとかやっていけるのかもしれない。ただ、日本国内でのボリュームはもはや縮小傾向にある。上野社長は「(我々中小企業は)難しくても海外で成長の芽を育てなくてはならない」と強調する。

プロフィール

代表取締役 上野 隆一 氏

代表取締役 上野 隆一 氏

株式会社ウエノ

所在地   山形県鶴岡市三和字堰中100
創業    1982年(昭57)1月
資本金   4億1270万円
従業員数  約100人
事業内容  ノイズフィルターコイル製造販売
電話  0235・64・2254
URL http://www.uenokk.co.jp/