長期保存できる「パンの缶詰」で知られるパン・アキモトは、焼きたてパンの製造・販売でベトナムに進出した。2015年1月に現地企業などと合弁企業「パン・アキモト ベトナム」を立ち上げ、同8月にはダナン市内に店舗兼工場「ゴチパン」を開設した。「熟成されたおいしいパンと、おもてなしの心を持つ日本のパン屋を現地に根付かせたい」(秋元義彦社長)との思いがあるが、それだけではない。現地の人たちに日本式のパンの製造技術を伝授し、ベーカリーとしての「独立起業」を支援する狙いを持つ。ベトナムは旧フランス領でフランスパンなどは食されているものの、柔らかくて甘めのパンは少ない。同社は「ゴチパン」を足がかりに人材を確保、外国人実習生制度を活用して、本社での3年間の実習も2月にスタートさせた。

海外進出にあたっては、「社会貢献」や「ニュービジネス」にチャレンジする秋元社長の決断があった。パン・アキモトは、敬虔なクリスチャンであった父・健二氏が栃木県那須塩原市で創業した「秋元パン店」が起源。健二氏は戦前、大日本航空(現日本航空)の無線通信士として海外航路を飛んだ。戦時中は軍属としてアジア各地で航空輸送任務に当たった。戦後は食糧難に直面していたことや、今後進むであろう生活の欧米化をにらんでパン製造・販売を思い立つ。悲惨な戦争体験から「いつかはアジアの人々のためになることをしたい」と口にしてきたという。

その思いは秋元社長に受け継がれ、新商品となって具体化された。阪神・淡路大震災を契機に1995年には、焼きたてパンを3年間保存できる「パンの缶詰」を開発。2009年には下取り回収した「パンの缶詰」を飢餓や被災で苦しむアジアをはじめ世界各地に提供する「救缶鳥プロジェクト」を始めた。もちろん2011年の東日本大震災でもこの取り組みは行われ、「パンの缶詰」は被災地の人たちに笑顔をもたらした。一連の活動は評価され、第4回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員会特別賞や中小企業庁「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に輝くなど、「パンの缶詰のアキモト」というイメージが定着しつつある。

しかし、同社はここに安住せず、次の一手に出た。旺盛なベンチャー精神を持つ秋元社長は「当社の原点である焼きたてパンでこそ、できる海外支援がある」との意を強くする。「町のパン屋の海外展開」の模索だった。パンはまず食糧であり、「食の楽しみ・喜び」を味わえる対象。自身もクリスチャンである秋元社長は、学生時代には米国人宣教師のもとで活動し、ネパールやインドなどを訪問し、路上やマンホールなどで生活する人々を目の当たりにした。平和で飽食とさえいわれる日本との違いに唖然とさせられた。「日本とアジアの経済的格差」である。父親の夢を受け継ぎ、アジアで開業することにした。ほかほかのおいしいパンを提供するだけではなく、ビジネスを通じてその国の経済発展、食文化・生活の向上につなげたいとの思いが強い。独自のビジネスモデルである「救缶鳥プロジェクト」による「パンの缶詰」の支援で視界を広げる一方で、“まちのベーカリー”という原点を大切に「食べる人を笑顔にしたい」という同社姿勢がうかがえる。

日本のパンと日本語にニーズがある親日国

パン・アキモトが初の海外生産・販売にあたって選んだのがベトナムだった。秋元社長は進出するなら親日的な国が良いと考えていた。日本人の知人が現地で活躍していることも大きな要因となった。無線通信士でその後、軍属となった父の「自分は戦争に加担し、アジアの人たちにも申し訳ないことをした。アジアのために汗を流したい」という思いを具現化するため、ベトナムにベーカリーを開くことにした。

ベトナムはフランスに統治されていたため、フランスパンは存在するが、口の肥えた日本人からすると「ベトナムのパンはあまりおいしくない」(秋元社長)。原料である小麦は輸入品で高価。そこで一般的には、安い小麦を使った、甘みのない、ぱさぱさしたパンが出回っている。これも時代の変化に伴い、所得水準の向上や駐在外国人ビジネスマンらの増加もあって、日本式のパンに対するニーズが高まると確信した。

秋元社長の日本人の知人がベトナムのダナン工科大学と外国語大学で日本語コースで教鞭をとっており、しばしば「日本語が話せて、ビジネスでの成功を夢見る学生が少なくない」という話を聞かされていた。

海外でのビジネスの成否に、言語は大きな決め手となる。秋元社長は開業当初、同大学の卒業生数人を雇用し、リーダー候補は栃木・那須塩原の本社で約3カ月研修した後、日本人スタッフの指導のもと現地で製造・販売ノウハウを身に付けることを考えた。一方で、ベトナムから技能実習生3名を3年間にわたって日本の「ものづくり」と「おもてなし」の心を教え込もうとこの2月に本社に迎えた。

海外事業の展開では、本社など組織のまとまりも重要なファクターとなる。各地の被災者支援などでフットワークの良い秋元社長だが、トップ一人が張り切っても息切れしてしまう。そこで、ベトナム進出を検討していた数年前、社員旅行の旅先の一つに同国を選び、社員たちに現地の魅力や可能性を直接知ってもらうことにした。「社長がベトナム出店を真剣に考えている。だから、自分たちも…」と思ってもらうには絶好の機会だったようだ。見事、社員を巻き込み、地元や国内だけにとらわれる社員の意識を変革し、海外の人たちに技能・技術はもちろん、おもてなしの心や日本の食文化を伝える準備にとりかかったのだった。

社名を秋元パン店からパン・アキモト(PAN・AKIMOTO)に変えたのはパン屋のアキモトだけでなく、PANはパンパシフィックやパナソニックが使うPANと同様に「グローバル」の意味であり、広く世界へ羽ばたくアキモトの夢を乗せたものだ。

「独立の夢」ある人を採用

ベトナムの合弁会社は、2015年1月の設立当初の資本金が日本円で約500万円で、過半数をパン・アキモトが出資した。ベトナム人で建設企業を営む知人や、現地に進出している日本人の友人などが出資に応じてくれた。そして2016年2月現在、約700万円まで増資を行った。

2015年8月に誕生した店舗兼工場には「ゴチパン(GOCHIPAN)」という名前をつけた。「ごちそう様、パン」の略語で、日本語の響きを大切にした。リゾート地や工業団地が近い同国第3の都市、ダナンの市街地にある知人所有のビル1階に店舗を構えた。延べ床面積は約80平方メートル。設備投資には数百万円を充てた。1日当たり生産量は、菓子パンや食パン、調理パンなどおよそ1000個で、イートインスペースもあり連日にぎわいをみせている。従業員は、ベトナム人6人と、1カ月交代で本社工場から派遣される日本人の職人である。ベトナム人の採用条件は、一にも二にも「まちのパン屋として独り立ちする夢があること」(秋元社長)だという。

彼らには「ゴチパン」を“モデル”として、ベーカリーの基本的な製造技術や販売手法を教え込む。いずれ独立したら、原材料の共同購入や製法、装置に関する技術連携などで後押しする考えだ。一方、本社工場では3人のベトナム人実習生を迎え、3年間にわたってパンの製造技術に関する教育を行っている。第1期生はまさに2016年2月に受け入れたばかりだ。

秋元社長は政府に、中小企業でも外国人実習生を受け入れやすくするような施策の充実を求めている。入国後の実習生の教育や管理料なども会社や自分持ちでなく、国の負担にしてほしいと訴える。「人口減少、少子高齢化に悩む日本にとって、実習生は援軍になるのだから、この先の中長期の友好関係のためにも、国が整備すべき領域は少なくない」と強調する。

アジア域内でのフランチャイズを

ベトナムでの年間売上高は約1200万円の見通しで、3-5年後には3倍を目指している。将来はベトナムを軸に、ベーカリーのアジア域内でのフランチャイズ展開も検討していく。つまり、日本での実習やベトナムでの修業を終えた従業員の独立起業を支援するための手段といえる。さらに、機械の操作やメンテナンスなどにかかわる国内の関連業界にもベトナム支援を呼び掛け、同社と同様に、外国人実習生の受け入れをすすめたいとしている。

もう一つの柱である「パンの缶詰」事業では、米国での生産を検討している。同社は2012年米カリフォルニア州に現地法人を設立した。米国で従来の基本特許を基に「追加特許」を2014年に取得したほか、「救缶鳥プロジェクト」の「ビジネスモデル」については特許出願中だ。「米国は災害が多く、貧富の差に対する意識が高い。ボランティアや寄付の文化も盛ん」(秋元社長)といったお国柄ゆえ、口コミやネットで知名度が上がれば一気に広がる可能性を秘めている。ただ、現地パートナーとのベクトル合わせや食品安全のお墨付きを得る必要など課題は少なくない。

世界に訴え続ければ賛同者あらわる

当社は1947年(昭和22年)の創業以来、「明るい笑顔と元気」をモットーに、「おいしさと夢をお届けする」ことを原点に据えてきた。ベトナムでも、那須塩原とほぼ同じ味、安全品質の商品を提供できるようになった。当社がこれまで商売の幅を広げることができたのも、いろいろな人たちに知恵や力をお借りしたおかげ。ベトナム進出もしかりで、こちらが立てた仮説や問いに応えてくださった。一人ではできないことも、世界の人たちに訴え続ければ、理解者や賛同者が生まれるということは、「救缶鳥プロジェクト」などを通じて実感している。ベトナムではパン職人の育成という支援もスタートした。創業者である父が唱えた「社会に存在が認められる企業」という形を一つずつ確かなものにしていきたいと思う。

プロフィール

代表取締役 秋元 義彦 氏

代表取締役 秋元 義彦 氏

株式会社パン・アキモト

所在地  栃木県那須塩原市東小屋295-4
設立年  1965年
資本金  3,500万円
従業員数 約60人
事業内容 パン、パンの缶詰の製造販売
電話番号 0287-65-3351
URL  www.panakimoto.com/