自国民人口が多く(約3,070万人)、総人口中の自国民比率が約7割と非常に高いサウジアラビアは、GCC(注)の中でも最も強力に「自国民雇用促進政策」(サウダイゼーション政策)を進めています。
2011年に「Nitaqat」と呼ばれるサウジ人雇用法が施行されました。これは、業種ごとに決められた一定のサウジ人雇用比率の達成を企業に義務付け、それを満たせば優遇措置を、又、違反すればペナルティーを 課す制度であり、政府の真剣さが窺われます。
2016年4月に“Vision2030”というサウジ経済の構造改革計画が発表されました。その中で、現在、の失業率11.6%を2030年までに7%に改善することを公表して居り、 今後、同政策は一層徹底されることが予想されます。
(注)GCC (=Gulf Co-operative Council 「湾岸協力機構」の略) 王政・首長制を採るアラビア湾岸の穏健派産油国6か国(サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、オマーン、バハレーン)により、1981年に設立された。 1980年に起きたイラン革命でホメイニ師を指導者とするシーア派政権が誕生。これに対応してスンニ派のアラビア湾岸6か国が、「共同防衛機構」として設立したもの。 時間の経過と共に防衛色・政治色は薄れ、現在では「湾岸統合市場」を目指して整備を進めている。
以下に、その背景と現状に就き補足します。
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〇 2度のオイルショックと富裕国家の誕生
- アラビア湾岸6か国(サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、オマーン、バハレーン)は60年代から石油の重要な生産地であったが、採掘された原油はオイル・メジャー経由で国際市場に流通しており、 この地域が世界の関心を集めることはなかった。1973年に第4次中東戦争が勃発した際、OPEC加盟国であるこれら湾岸6か国は、米国(敵対するイスラエルを支援)の同盟国に対して石油の禁輸措置(“石油戦略”)を発動した。 これにより、原油価格は、1973年12月末のUS$5.12/バレル から、1974年1月には、US$11.65/バレル に高騰した。(第1次石油ショック)この事件により、アラビア湾岸6か国は一気に世界の注目を集める地域となった。
- 又、1979年に起きたイラン革命により石油の”供給危機”が生じたことから、78年11月にUS$12.7/バレルであった価格は、79年末には更にUS$24/バレル、1980年4月にはUS$28/バレル高騰した。 その後は、若干落着きを取り戻し90年末までUS$20前後で安定的に推移した。70年代半ばと79年に生じた2度のオイルショックによる石油価格の高騰とそれに続く価格の安定期を通して、湾岸産油国の財政収入は急増し、 何れの国もインフラ開発や石油/石化産業の整備に邁進することとなった。斯様な急激な経済開発のあらゆる実働の現場を担ったのは、主として南西アジア/東南アジア/近隣アラブ諸国からの出稼ぎ労働者たちであった。
〇 「実働を担う出稼ぎ外国人」「裕福な自国民」と高い失業率
- 突然始まった経済開発には、多数の労働者と実務者が必要となった。然し、これら湾岸6か国では何れも自国民の人口は相対的に少なく、未熟練・熟練労働者も技術者・専門家も全く不足しており、南西アジア/東南アジア/ 近隣のアラブ諸国から供給された大量の出稼ぎ人が、あらゆる分野で、必要とされる実働を担うこととなった。
- それとは対照的に、自国民は、締切や競争に迫られる仕事/工場の製造現場や建設工事現場等といった苛酷な労働環境での仕事に従事する必要がない、という環境で1970年代後半以降30年以上ものあいだ過ごしてきたとも言える。
- オイルショック後の財政収入増がもたらした急速な国家経済の発展に伴い、医療水準の向上と医療の普及は辺境に到るまで急ピッチで進んだ。又、高等教育まですべて無料の教育も短期間に拡充されて来た。
その結果、「自国民の著しい人口増加と高学歴者(高卒/大卒)の急増」をもたらしている。
〇 GCCの産業構造の特徴と公共部門への雇用吸収
- 本来、多くの雇用を創出・吸収すべきは製造部門であるが、GCC諸国共通の特徴として、産業構造は、石油・ガス及び石油化学産業(=「装置産業」)主体のモノカルチャー的構造(他にも、電炉製鉄産業、アルミ精錬産業、 セメント産業等あるがいずれも「装置産業」)であり、多くの雇用を生まない。その結果、各国とも自国民(しかも高学歴者)の失業率の増加が社会問題化している。中でも、自国民人口の多いサウジアラビアでは、 この問題はとりわけ顕著、且つ、深刻である。
- 各政府は、失業問題を緩和する為に、潤沢な財政に支えられ拡大を続けてきた公共部門(政府部門)にそれら自国民若年勤労層を専ら吸収してきたが、2000年代初めにはそれも飽和状態に近づいた。
〇 民間部門での自国民雇用の難しさ
- 各国とも、近年、民間部門/非石油部門の発展を促す政策(=産業多角化政策)の推進を謳い、民間企業も政府政策に沿って自国民若年層の雇用に努めてきた。ところが、70年代半ば以降、「生計の為に、過酷な労働も厭わずこなす」「モノを創り出すことに喜びを感じる」といった機会を他の工業社会ほどには経験せずして成長してきた今日の就業年齢層の多くは、民間企業の目には、労働技能・勤労意欲の面で速戦性が不足していると映る為、競争に勝ち抜かねばならぬ民間企業は、より高い生産性とより安いコストを求め、外国人出稼ぎ労働者への依存度の低下は政府の期待ほどにはなかなか進まず」その結果、自国民若年層の失業率は高止まる傾向にあった。
〇 自国民雇用促進政策の導入
-斯様な背景から、2000年代に入り、GCC各国では「自国民の雇用を促進する政策」の導入が検討され始め、Emiratization / Omanization / Kuwaitization 等々の言葉がメディアに登場し始めた。GCCの殆どの国は自国民比率が非常に小さく、まだ公共部門の雇用吸収余力もある故、深刻な社会問題化には至って居らず、一部業種を除き、厳しい運用はされていない。
-対照的に、サウジアラビアでは、全人口3,070万人中サウジ人は約2,100万人(約68%)と、自国民比率が非常に高く、毎年30万人近く輩出される高等教育修了者の就職難(=失業率の高さ)の深刻さは際立っていた。そこで、サウジでは、2005年に発布された新労働法により、一部業種でのサウジ人雇用を義務付ける規制が導入された。然し、労働の生産性とコストの格差から、民間企業のサウジ人雇用はなかなか進展しなかった。
-これに業を煮やした政府は、2011年6月に自国民優先雇用法「Nitaqat Program」を施行。これは、業種ごとに設定されたサウジ人雇用比率の達成度合いに応じ、「プラチナ」「グリーン」「イエロー」「レッド」と企業を評価・分類し、「高達成率企業には“インセンティブ”」を、「達成度の低い企業にはペナルティー」を与える制度である。この厳格な適用により、2013-14年には1万社を超える中小企業が事業撤退・倒産を余儀なくされたという報道もあった。
-「雇用の受け皿となる製造業の誘致」という要請を満たすには、「生産性が高くより低コストの出稼ぎ外国人の活用」は、必要条件であるが、政府は敢えて「失業問題解消の為には、自国民若年層雇用の強要」との労働政策を選択。それにより、「製造業の競争力強化にブレーキが掛る」という結果に陥るという矛盾が顕在化している。政府は、このサウジ人雇用促進策の浸透の為に、サウジ人従業員の職業訓練費用の公的負担や研修期間中の給与補助等の企業支援策も用意している。2014年後半現在、長引く油価低迷の影響により、サウジの石油/ガス/石油化学関連業種、及び、財政投資関連の支出が絞り込まれており、生産活動・消費共に冷え込みつつある。 斯様な経済環境下、特に従業員一人当たりの生産性が生命線である中小企業にとっては、「高コスト、低生産性」の自国民雇用の強要は、より大きな負担となって居り、中小企業の疲弊度は増しているとの報道もある。
プロフィール
国際化支援アドバイザー(国際化支援)富山 保
総合商社に38年勤務し長年海外ビジネスに携わってきた。若い頃の会社派遣のアラビア語研修皮切りに、 合計約15年間の現地駐在経験(サウジアラビア・UAE等)を有する。