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25年以上にわたって経済成長と人口増加がつづくオーストラリア。好調な経済状況を背景に、オーストラリアに進出する日系企業も増え、また海外旅行における高い消費額と滞在日数から、訪日誘客を狙う地方自治体も増えてきています。今回は、日ごろからオーストラリア市場のマーケティング、コミュニケーションプランニングを手がける当社のプランナー(永見幸太、近堂大輔)に、現地から見えるオーストラリアの特徴について聞いてみました。

作野:幸太はシドニーにきて1年が経つけど、実際に生活してみてどんなことを感じた?

幸太:一番に感じたのは思っていた以上に文化面で進んでいることです。
「世界で最も住みやすい都市ランキング」でメルボルンやシドニーが選ばれていることは知っていましたが、とはいえ欧米に比べて歴史が短い国なので、来る前にはいわゆる短パン、Tシャツでオージービーフが好きな陽気な人たち、というようなイメージを多少もっていたかと思います。

ただ実際に住んでみると、スーパーやドラックストアには棚一面にオーガニックな食材やサプリメント、化粧品が並び、日常的にスポーツをしている人も多い。また駐車場にはプラスチックのリサイクルボックスがあり、その場で環境保護団体への支援ができる仕組みがあるなど、健康やエコロジーへの意識が生活レベルで根付いていることが印象的でした。街中のショップも歴史建造物を保護しながらデザイン性高くリノベーションされていたり、いい意味でイメージを裏切られました。

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オーガニック化粧品のAesop(https://www.aesop.com/jp)など日本に進出しているオーストラリア発祥ブランドも多い。

作野:たしかにそうだね。日本でもオーガニックやウェルビーイング、エコロジーへの意識が高まっているけど、オーストラリアの方が進んでいる部分も多いから、そうした分野の日系企業が進出して、目の肥えたオーストラリア市場で成果を出すことができれば、結果的に日本市場やその他の海外市場のブランディングにつながるかもしれない。

日本食の高い人気と、生活の中にも定着している日本

作野:普段は旅行分野でのプランニングをお願いしているけど、訪日市場に関してはどんな特徴がある?

幸太:日本食に関しては既に高い評価が定着しています。
日本政府観光局の統計でも、日本に来るオーストラリア人の80%以上が日本食を楽しみにしているという結果が出ていますが、実際に生活していても日本で本場の日本食を食べたいという声はよく聞きますし、普通にお箸を使える人も多いです。シドニー市内の日本食レストランが人気なのはもちろんのこと、日本食をオーストラリア人目線で創作したレストランも毎日賑わっています。

日本に来るオーストラリア人の約60%が20代~30代なのですが、ミレニアル世代といわれる彼らは10代の頃から漫画やインターネットを通じて日本についての情報を得ているので、私たちが思う以上に日本への理解が進んでいます。漫画とコミックの違いを語れる友人もいますし、国内でもっとも学ばれている外国語(英語以外)が日本語ということや、オーストラリア人経営の日本工芸ショップもあることから、日本は旅行先としてだけでなくオーストラリア人の生活の中にも定着していると感じます。

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日本食をオーストラリア人目線で創作したレストランも人気 参考:sake(http://www.sakerestaurant.com.au/

訪日旅行における地方への期待

幸太:訪日市場でいえば、今後は日本の地方にもチャンスが広がってくるはずです。

日本と同じように都市部で働く人々のストレスが高まっているというデータもあり、特に20代、30代のオーストラリア人は訪日旅行の際に大都市よりも田舎を訪れたいという意向が高くなってきています。2018年のオーストラリア人訪日旅行者が年間50万人を超えた中、先行して北海道、長野に集まっていたコアスキーヤーが次のスノーエリアを探してきているように、一度東京、京都を体験したオーストラリア人が次は日本の地方へという流れがくるのではないでしょうか。オーストラリア人の海外旅行者は全体で年間約900万人もいます。まだまだ訪日旅行に取り込める市場は大きく、地方ならではの新鮮な海の幸、山の幸で作られる日本食や昔ながらの日本の風景もきっとオーストラリア人訪日旅行者の期待を上回るはずです。

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大都市に人口が集中するオーストラリアで、日本の地方に憧れを求める傾向も

多民族国家を踏まえたコミュニケーションプラン

作野:フードやライフスタイル関連のプランニングをしている大輔からみてオーストラリア市場の特徴はある?

大輔:私はオーストラリアに出店している日系のレストランや日本製品のマーケティング戦略を手掛けているのですが、やはり特徴的なのはオーストラリアが複数の民族から成り立つ多民族国家であることです。

オーストラリアの人口約2500万人のうち、4人に1人が外国で出生した人といわれていて、都市やエリアによって民族構成が変わります。日本でもビジネスエリア、住宅エリアといったゾーニングはありますが、そこに民族構成が加わると、言語、宗教、人種、文化の違いを踏まえたエリアマーケティングが必要になる。たとえば日本食のエリア戦略を考えるときも、食文化の近いアジア系オーストラリア人と、欧米系オーストラリア人では伝えるべきコミュニケーションも変わってくるように、オフィス街、学生街といった「エリア属性」とそこに集まる「民族構成」を掛け合わせた戦略を立てています。

作野:日本はオーストラリアと比べれば単一民族から成り立つ国だから、オーストラリア進出をする際にもひとくくりにオーストラリア人を捉えてしまいがちだけど、そうした民族の違いやエリア属性まで踏まえて戦略を立てていく難しさはあるね。

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2016年の国勢調査ではアジア系移民の割合がヨーロッパ系移民を越える結果に

海外進出のテストマーケティングにも適したオーストラリア

大輔:ただ、一方でメリットもあります。

日本企業が海外展開を考える際に、海外地域における自社製品・ブランドの受容性を事前に把握してから進出先の拠点を決めたい、と考える企業は少なくありませんが、そんなときにオーストラリアは「テストマーケティング」の地として非常に最適です。

理由の一つに、多種多様なターゲットのデータを取得しやすい点があります。先ほども述べたように、オーストラリアは多民族国家であるために、アジア圏から欧州圏、北米・南米圏に至るまで、様々なバックグラウンドをもった人々に自社製品を触れてもらえる機会を作ることができます。

同様の多民族国家 (かつ欧米圏の先進国)としてカナダが挙げられますが、日本とカナダは時差が10時間以上離れています。オーストラリアの場合、シドニーやメルボルンがある東海岸で2時間程度なので、日本にいる社員と現地駐在員がコミュニケーションしやすいメリットがあります。

作野:欧米圏や東南アジア圏など、すでに先行企業が多いエリアを進出先として真っ先に考える企業は多いけど、他の海外市場進出も見据えて、オーストラリア進出をまず考えるというのは、新しい視点だね。

地理特性を活かしたビジネスの安定と高単価の販売戦略

作野:テストマーケティング以外で、オーストラリアをビジネスのマーケットとして捉えると、日本企業にはどのようなメリットがある?

大輔:地理的な話でいくと、南半球は季節が真逆であることが、ビジネスに有利に働くケースがあります。
例えば、冬場に売上が伸び悩むメニューがあった場合、日本で冬季シーズンの間、オーストラリアは夏季シーズンにあたるため、オーストラリアで安定的な収益を望むことができます。
また、国民の所得水準が高いために、価格帯を高めに設定しても受け入れてもらいやすい点も、日本企業にとっては魅力的です。

作野:日本企業がオーストラリア市場でとっている高単価の販売戦略で、何か具体的な例はある?

大輔:例えば「ラーメン」があります。
日本のラーメンは、海外でも非常に人気が高いことが知られていますが、オーストラリアでもポピュラーな料理の一つで、ラーメンを提供している店舗はシドニー市内だけで170店近くもあります。

現在、日本人ビジネスマンの平均ランチ額は570円前後を推移していますが、オーストラリアではAU$10.89、日本円で約870円 (AU$1=80円換算)と300円近くも開きがあります。ですから、1杯1,000円以上の価格設定でも、味が評価されて連日行列の店舗は数多くあります。

いま、ラーメン業界は、日本国内市場で「1,000円の壁」問題に頭を悩ませています。同じ麺料理でも、パスタには違和感なく1,000円以上支払うのに対し、ラーメンで1,000円以上になると高い印象を抱かれてしまう消費者心理です。この問題を、国内市場で解決しようとすると非常に難しいですが、オーストラリアでは、このハードルをクリアできる可能性があるわけです。

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日本国内で抱える課題をオーストラリアではクリアできる可能性も

海外進出において今後求められるローカライズとは

作野:日本企業の海外進出をマーケティングの観点からサポートするのが我々の仕事だけど、日々の業務の中で、何か気づくことはある?

大輔:海外進出をしている日本企業で「ローカライズ」に頭を悩ませているシーンをよく目にします。
「ローカライズ」というと、日本語を現地の言葉に切り替える言語面だけの作業と捉えて、製品・サービスの広告戦略や営業スタイルを日本からそのまま持ち込むケースがありますが、それでは不十分です。

一方で、「ローカル企業が一番現地のことをよく知っている」という観点で、現地のエージェンシーに広告のグラフィック制作を任せたら、全然意図と違うものが上がってきたというケースや、業務を進めるプロセスで日本人が求める細やかな対応に、現地企業が対応しきれず、双方で軋轢が生まれてしまったといったケースもあります。

私たちは、海外に拠点があり、現地のことを十分に理解しながら、同じ日本人としてビジネス上の悩みも理解できるので「ローカライズ」でお手伝いできるところは多くあります。お陰様で多くの企業様からかゆいところに手が届く存在として頼ってくださっているのは、非常にありがたいです。

作野:もしかしたら「ローカライズ」という言葉自体を変えていく必要があるのかもしれない。

大輔:そうですね。「ローカライズ」と聞くと、日本の市場で生み出したものをベースに、いかに海外市場に馴染ませるか、という“調整”のニュアンスが強いと感じます。つまり、マーケティングミックスの4Pの中でPlace(販売場所)やPrice(価格)、Promotion(プロモーション)は変えるのに、消費者が享受する肝心のProduct(製品・サービス)を変えない、というケースが非常に多いのです。これからの時代は、現地の市場環境や消費者のニーズに合わせて、Productも“昇華・進化”させていくプロセスが必要だと思います。


インターネット上で様々なデータが取れる昨今ですが、現地に住んでいるからこそ見えてくる特徴があります。一言でオーストラリアといっても多様な民族と文化背景があり、新たなビジネスチャンスの芽がある。本稿がオーストラリア進出を検討するきっかけになれば幸いです。

(監修:作野 善教 共同執筆:永見幸太、近堂大輔)

プロフィール

2019年度国際化支援アドバイザー 作野善教(さくの よしのり)
doq Pty Ltd 代表 http://thedoq.com/
ニューサウスウェールズ大学にてMBA取得。2001年米国広告代理店レオバーネットの日本支社ビーコンコミュニケーションズに入社。2006年シカゴのレオバーネット本社に日本人として史上二人目の転籍をし、世界有数のグローバルブランドのマーケティング、ブランディングに携わる。2009年シドニーにて日系企業のオーストラリア進出のマーケティング戦略策定から実行までを担うdoq®を創業。