「イラン市場関連の質問です。自動車用品を幅広く扱う商社ですが、以前より、約8,000万人もの人口を擁し、年間150万台以上の自動車の国内生産を行っていたイランの自動車市場に関心を持っています。2016年初に経済制裁は解除されたと了解しますが、現在は、イランとの通商は正常化しているのでしょうか? 又、日本の自動車用品(中国製造アイテムも含む)の輸出市場としての評価は如何でしょうか?
総論
イランが中東最大規模の自動車市場であるとのご認識は正しいと思います。又、制裁が解除された後、イラン政府もかつての生産台数のピーク(2011年に約160万台)を越える約300万台(1/3は輸出に向けられる)の国内製造を2025年には達成するとの強気の計画を立てていると報道されています。そこから窺えるように、自動車市場は、今後、制裁の再開もなく経済の回復・成長のコースを辿り始めれば拡大してゆくものと思われます。然し、イラン向け輸出の現実を見ると、2016年1月の制裁解除後も、米国は独自制裁の一部は残した儘であり、イランとの取引の新規創出、或いは、再開を目指す企業や銀行の動きを鈍らせています。従って、通商が正常化するには暫く時間を要すると思います。先進国の中でわが国だけがハンディを負っている訳ではありませんので、市場の潜在性に鑑み少し長い目で状況の変化を見守られることだと思います。
以下に補足します。
1.イラン制裁とはどういうものだったか?
(1)イラン制裁にはかなり古い歴史がある。1979年イラン革命の際、在テヘラン米国大使館占拠事件が発生。それを契機に米国はイランと国交断絶。その後、1996年には国際テロ関与の抑止を目的として、イラン・リビア制裁法が国連で採択された。
2000年代前半にはイランの核開発の進行が判明。これを国際社会への脅威とみなし、同国の核開発の縮小・停止を目的としたイラン制裁法が2010年に国連安保理で採択された。米国はその直後に、独自で「包括イラン制裁法」を立法化。それを後追う形で、EU、カナダ、日本、豪州等米国の同盟国が五月雨的にイラン制裁法を施行する動きが現れた。又、国連ベースの「P5+1」(国連安全保障理事会常任理事国である米・英・仏・露・中とドイツ)とイランにより、核開発縮小に向けての交渉が重ねられていたが、米国は核交渉を進展させる為のイランへの圧力として、上記「包括制裁法」に追加制裁法と行政令を次々と追加的に発令してきた。
(2)米国の制裁法立案には、際立った特徴がある。即ち、経済制裁の実効を挙げる為に「イラン制裁に抵触する活動・取引を行ったイランの法人・私人を直接的・間接的を問わず幇助(口座開設、決済等で)したと判定された金融機関を制裁する」という手法を採った。制裁を主導する米財務省は、独自の調査によりイランの核開発に関与していると見られるイスラム革命防衛隊を始めとする法人・個人・機関をリスト化(SDNリスト)して居り、リストされている法人・個人・機関のみならず、それらと深い関係を有する先との商活動も制裁事由とした。そして、財務省自らによる制裁違反の調査に加え、金融機関に対し「クリーンなイラン関連取引の見極め」の責任を持たせた。その結果、2011~2013年の間、日欧の大手金融機関数社が米国財務省や裁判所から、イラン制裁法令違反を理由に莫大な金額の罰金を課せられるケースが発生。米財務省の編み出した制裁法は、日欧の銀行にイラン関連取引に極めて慎重な姿勢を採らせることとなり、制裁の効果は浸透した。
2.イラン制裁解除と現状
(1)国連のイラン核開発を巡る交渉(「P5+1」とイランの間での)は、2013年8月に穏健派ロウハニ大統領政権が誕生したこと、又、制裁が奏功しイラン経済の疲弊度が増したこと、更には、任期中にレガシーを残したい米オバマ大統領の外交政策も影響し、2013年末には、イランの核開発縮小・停止のアウトライン(=共同行動計画)が作成され、2015年半ばには国連安保理で承認、そして、2016年1月に、共同行動計画で合意された制裁は解除された。
(2)然し、これでイラン制裁の全てが解除された訳ではなかった。そもそも米国のイラン制裁には、①一次制裁(主として米国人を対象とする)と、②二次制裁(米国人以外に対する)とがあるが、上記の共同行動計画に沿って解除された米国の制裁は②のみであった。又、①には、前述のSDNリスト規定もあり、その効力は継続している。
3.イラン向け取引再開の問題点
(1)上記のように、米国独自の制裁に関する限り、一次制裁は解除されて居らず、一次制裁の対象外となるのかの定義/ガイドラインも曖昧なままである。又、2016年1月の制裁解除の条件として、イランによる共同行動計画合意事項違反が発覚した場合の制裁再発動の可能性(スナップバック)も規定されている。斯様な不確定要素は、日欧の大手銀行に消極姿勢を余儀なくして居り、現実には、イラン関連取引への関与には腰が引けている模様である。(⇒ 上記、1.(2)のリスクへの懸念。)
(2)日欧の民間企業は、制裁解除直後からイランを訪問し、イラン企業とのビジネス開拓、 或いは、再開を目指してコンタクトを重ねてきているところも多いが、それが実現す るには状況の更なる前進(とりわけ、米国の対イラン外交政策)が望まれる。
(3)一方、昨年1月に就任したトランプ大統領は、選挙期間中から、対イラン制裁解除は、“オバマ政権の重大なる失政”と非難し、その破棄を公言して来た。そのオバマ政権の姿勢は、その後も緩和されて居らず、EU諸国による(制裁解除維持の)説得にも耳を貸さぬ状況であり、トランプ政権が、イランを敵対するイスラエルとサウジアラビアとの距離感を縮めている現下の中東情勢は、不安要因である。
上記のような現状ではあるが、事態が好転する可能性は悲観するものではなく、普段からイラン情勢関連の情報には耳を傾けられ、時折、取引銀行にも銀行としての姿勢を聴取される等、状況の推移をフォローされることをお勧めします。
プロフィール
国際化支援アドバイザー(国際化支援)富山 保
総合商社に38年勤務し長年海外ビジネスに携わってきた。若い頃の会社派遣のアラビア語研修皮切りに、 合計約15年間の現地駐在経験(サウジアラビア・UAE等)を有する。