GCC各国は独自に労働法を制定しているが、基本的な考え方はかなり類似しています。その共通の考え方を理解した上で、具体的に当該国の労働法の規定に当たられることをお勧めします。又、実際に「雇用」「雇用の終了」を行う際には、“雇用契約の締結”、及び“雇用契約終了の合意”を書面で行う必要がある為、現地の法律事務所から専門的なアドバイスを得ることが必須でしょう。

経済の規模に比して自国民人口が少ないGCC地域では、労働人口の大半が(出稼ぎ)外国人によって占められている。サウジアラビアには約900万人弱の外国人(全人口の約30%弱。殆どが男性の就労者であり、家族帯同者の割合は小さい。)が就労しており、UAEやカタールでは、全人口に占める外国人比率は90%前後とも謂われ、民間部門就労人口の大半が外国人と見られている。
斯様なGCCでの雇用の現場に共通して当てはまる主な特徴・留意点は次の通り。

1.イスラム教(徒)への配慮(被雇用者の殆どがイスラム教徒であることを認識)

例えば、
(1)勤務時間中に(集団)礼拝が行えるスペース(廊下やエレベーター・ホールといった場所も有り得る)や礼拝前の洗浄場(トイレの洗面スペースを当てている事務所も多い)を事業所内に用意。
(2)又、ラマダン月中、イスラム教徒従業員の断食を非イスラム教徒社員がリスペクトする職場の雰囲気作り/勤続期間中に一度の巡礼休暇(多くの場合、年次休暇外だが有給休暇扱い)の承認、等信者の宗教上の義務の励行を尊重し配慮を与える。
(3)更に、サウジアラビアの場合は、女性の雇用に対しては「専用出入口/独立した執務スペース設置」等の配慮が不可欠。

2.自国民雇用促進政策

(1)UAEの場合は、「従業員数50名以上の事業所は従業員の2%以上(但し、保険業は5%、銀行業では4%)」の自国民を雇用する義務を規定。
(2)サウジアラビアでは、2012年にNITAQAT制度を導入し自国民雇用政策の運用をより厳格化した。同規定に違反してサウジ人雇用比率の達成を怠ると、外国人従業員のビザ更新の否認や、外国人比率を下げる為に当局により強制的に外国人社員の(他企業への)トランスファーがなされるといったベナルティーが課される。 (詳しくは、第8回「自国民雇用促進政策」をご参照。)

3.「スポンサー制度」の影響

(1)GCC各国では外国企業、或いは、外国人が「居住者」となり就業許可を申請する際には、当該国籍の私人・法人がスポンサー(=保証人)となることが義務付けられている。(通常、雇用企業が外国人従業員のスポンサーとなる場合が多い。但し、フリーゾーンは除く)外国人「居住者」と、その保証人としてのスポンサーの関係は、就業目的での入国の際に当局に登録されており、就業ステイタスの変更(転職)の際には、スポンサーの同意が不可欠である。斯様な制度は、企業と就労者の自由な求人/求職活動を妨げて居り、外国人労働者のJob mobilityが低い背景となっている。
(2)このような制約下での転職(⇒スポンサーの変更)に於いては、両スポンサーが話合い、合意の下に締結された「Transfer agreement」に基づいて初めて可能となる。但し、サウジアラビアでは、上記のNITAQATでペナルティーを課せられた企業に雇用されている外国人社員をリクルートすることも可能。
(注)2012年に施行されたNITAQATでは、業種毎に設定されているサウジ人雇用比率を達成できない企業に対しては、外国人従業員を引留める(=スポンサー変更、或いは、ビザの更新)権利を剥奪するペナルティーを課している。
(3)さもなくば、現雇用主との雇用契約を解消し、一旦、本国に帰国し(雇用契約と居住許可は紐付いて居るため雇用契約解消後は滞在を認められない)出直す必要がある。その際、現雇用主(スポンサー)と円満に契約解消できなかった場合には、出国同意手続き書類にリマークを付され、再入国が認められるまで、一定期間の“クーリングオフ”期間後を課せられる場合もある。

4.労働時間への配慮

GCCで働く出稼労働者は「1リアル(乃至、ディナール/ディルハム)でも多く稼ぎ、1ドルでも多く本国の家族に送金する」為に働いて居り、喜んで残業を引受ける者は多い。然し、現地労働法規は勤務時間を厳しく規定して居り、労働時間管理には要注意である。
(1)労働時間数の上限を規定。(8H/日か48H/週を採用する国が多い。)
(2)残業時間は「時間外割増金」を規定して居る国が多い。例えば、深夜残業/休日出勤であれば「+50%」等。
(3)一日当たりの残業時間の上限を設けている国もある。(例:UAEでは2時間/日max)
(4)断食月中、全就労者は、通常より2時間短縮した就業時間を厳守する。

5.雇用契約解消

GCC各国は何れも、絶対君主制(王政、乃至は首長制)の政治体制であることから政治的結社を禁止している。従って、労働組合も存在しない。また、労働者の圧倒的多数が出稼外国人であることから、労働者の権利は相対的には限定的である。雇用者の立場からすると、雇用契約の終了は、例えば欧州各国に比べると相対的には容易であり、労働法規で規定されている退職金を支払うことで雇用契約終了を実現するケースが多い。
(1)従業員側に契約違反行為/背信行為等の瑕疵がなくとも、次のような場合は契約を解消できる。
- 雇用者/従業員双方が書面で雇用契約の解消に合意した場合
- 雇用契約が満了した場合
- 期間の定めのない雇用契約に於いて、①当該国労働法が定める契約解消の正当な事由がある場合であって、②雇用契約当事者の何れかの当事者が労働法の定める事前通知を行う場合。
(2)従業員側に、労働法違反、雇用契約違反、合意済の当該企業/事業所の就業規則等に重大な違反が明らかである場合、或いは、過失により企業側に損害を与えた場合は、雇用契約満了前に、且つ、雇用契約終了に伴う退職金等諸手当の清算なくして雇用契約を解消(解雇)できる。この場合、違反行為の指摘・是正命令、或いは、過失に関して、随時、顧問弁護士に相談の上、時機を逃さず書面で通知して置く事が重要である。
(3)雇用契約解消に際しては、従業員は、労働法及び(労働法に則り作成された)雇用契約に規定してある、退職金、及び、関連諸手当の支払いを受ける権利を有する。
退職金の計算根拠は、UAEのケースを例にとると、
- 1年以上勤務していることが要件。
- 勤務の最初の3年間に関しては、1年に対して基本給(当該従業員の最後の給与)の15日分。それ以降は1年に対して基本給の30日分として計算。
- 退職金は、当該従業員の2年分の給与相当額を上限とする。
(注)近年、労働者の権利保護の風潮は強まる傾向にある為、現地の弁護士に相談し、従業員とは現地労働法規に準拠した雇用契約書を締結して置くことが望ましい。
(4)但し、GCCでは、自国民従業員との契約解消に際しては、明らかな雇用契約違反/背信/サボタージュ/企業に対する損害等の事実がある(そのエビデンスも存在する)場合を除き、本人が雇用契約解消を承諾しない時には、必ずしも出稼ぎ外国人のケースのようにはゆかず紛糾する可能性はある。従って、警告を書面で出状し、受領確認イニシアルを取付けて置く等のエビデンス作りは備えとして重要。

プロフィール

国際化支援アドバイザー(国際化支援)富山 保
総合商社に38年勤務し長年海外ビジネスに携わってきた。若い頃の会社派遣のアラビア語研修皮切りに、 合計約15年間の現地駐在経験(サウジアラビア・UAE等)を有する。