ページコンテンツ
海外9拠点、全て独自資本で進出
電子部品と半導体向けに絶縁材料と導電材料を製造するナミックスは、海外に9カ所の販売・生産・開発拠点を持ち、積極的に海外展開を進めている。現在、米国と欧州、シンガポール、韓国、中国、台湾に販売拠点を、中国と台湾に生産拠点を、米国に開発拠点をそれぞれ有する。いずれも「意思決定を迅速化する」(小田嶋寿信社長)ため、全額出資で進出している。
2001年3月期の売上高は130億円で海外売上高比率は31%だったが、10年3月期に国内と海外の売上高比率が逆転した。15年3月期の売上高は250億円で海外売上高比率は71%と海外展開を加速している
国内需要は減るが海外では増加
当時、国内で需要が減少し、生産中止を検討していた絶縁材料「セラコート」だが、中国など海外には需要があった。さらに、海外企業に加え、取引先の海外進出などに伴い海外での需要が増える中、今後も成長路線を歩むためには「海外展開をせざるを得ない」(小田嶋社長)ことから、99年に中国に生産拠点を設けた。最初は「パイロットプラント、つまり海外展開の実験」(小田嶋社長)としてスタートした。
れ以前は販売代理店経由で海外展開していたが、ナミックスの商品は既製品が少なく、取引先とパートナーシップ契約を結び、共同で商品を開発・改良する「カスタムメイドが主流」(小田嶋社長)だ。そのためナミックスとユーザーの間に代理店が入るよりも、直接やり取りした方が商品開発のスピードがアップする。また、現地の情報も早く入手できることから、海外進出を決めた。海外展開を検討していた同社には、すでに中国に現地のネットワークがあったほか、進出先の地方自治体が外資の受け入れに積極的で、バックアップがあったため、事業は順調に成長し、3年目には当期損益が黒字化した。
台湾の取引先からBCP対策求められ決断
台湾に生産拠点を設けたのは11年の東日本大震災を契機にユーザーからBCP(事業継続計画)を求められたためだ。同社の商品は取引先ごとのカスタムメイドがほとんどで、災害などで同社が生産できなくなれば、取引先も生産ができない。メーカーとしての安定供給責任もある。台湾は同社の海外売上高比率の3分の1を占めており、「台湾で販売する商品は台湾で生産する」(小田嶋社長)との方針もある。16年12月期には当期損益が黒字になる見通しだ。
一方「当初は海外に開発拠点を設けようとは思っていなかった」(小田嶋社長)が、マサチューセッツ州にはマサチューセッツ工科大学(MIT)などがあり、産学交流による事業へのシナジー(相乗効果)が期待できるため、08年に現地企業を買収し、開発拠点にした。現在、MITなどと電子材料の要素技術を共同研究しており、「具体的な成果も数字となってあらわれつつある」(小田嶋社長)という。
湾への生産拠点の設置は取引先にBCP対策を求められたことが、きっかけだが、当初、進出先の候補には台湾以外に中国と韓国が挙がっていた。現在、海外売上高に占める割合は台湾が32%、中国が24%、韓国が18%だが、当時から台湾には有力な取引先が多く、売上高も大きかった。また、中国にはすでに生産拠点があった。これらのことを踏まえ、天災以外にも政変など政治的なリスクを含めて検討した結果、売上高が大きく、かつ親日的で「仕事がしやすい」(小田嶋社長)台湾に決定した。台湾では当期損益が黒字化するめどがつき、今後は台湾での地産地消だけではなく、東南アジアへの輸出も視野に入れている。世界の貿易や金融、交通の中心地の一つであるシンガポールには営業拠点もあり、実現すれば東南アジアでの販売を加速することになりそうだ。
一方、海外売上高に占める割合を見てみると、北米が3%で欧州が4%と台湾や中国、韓国と比べると少ない。だが、北米や欧州には製品の設計を請け負うデザインハウスなど発注に関する決定権を持つ取引先があるため、米国と欧州には営業拠点を設けている。取引先は北米と欧州で発注を決め、生産拠点がある台湾や中国などで商品を調達するという構図だ。関連ビジネスも期待している。
米国には開発拠点もあるが、産学による共同研究だけではなく、国内とは「文化が違う。開発のコンセプトも違う」(小田嶋社長)。取引先との共同開発・改良によるカスタムメイドの商品が多いため、米国流の開発を学び、取引先との共同開発を円滑化する狙いもある。さらに、このノウハウを水平展開するため、国内と米国開発拠点との人材交流を進める。人材交流に関しては工場に研究施設がある台湾にも日本人技術者を派遣している。さらに、米国開発拠点があるマサチューセッツ州は「最高峰のエンジニアを輩出するMITがある」(小田嶋社長)ことから、共同研究を通して、人材交流を活発化し、従業員のスキルアップを図る。順調な海外展開について小田嶋社長は「これまでに海外で9カ所の営業・生産・開発拠点を立ち上げてきた経験が大きい」と分析する。
英語研修を徹底、課題解決力が必要に
台湾に生産拠点を設けたのは11年の東日本大震災を契機にユーザーからBCP(事業継続計画)を求められたためだ。同社の商品は取引先ごとのカスタムメイドがほとんどで、災害などで同社が生産できなくなれば、取引先も生産ができない。メーカーとしての安定供給責任もある。台湾は同社の海外売上高比率の3分の1を占めており、「台湾で販売する商品は台湾で生産する」(小田嶋社長)との方針もある。16年12月期には当期損益が黒字になる見通しだ。
一方「当初は海外に開発拠点を設けようとは思っていなかった」(小田嶋社長)が、マサチューセッツ州にはマサチューセッツ工科大学(MIT)などがあり、産学交流による事業へのシナジー(相乗効果)が期待できるため、08年に現地企業を買収し、開発拠点にした。現在、MITなどと電子材料の要素技術を共同研究しており、「具体的な成果も数字となってあらわれつつある」(小田嶋社長)という。
湾への生産拠点の設置は取引先にBCP対策を求められたことが、きっかけだが、当初、進出先の候補には台湾以外に中国と韓国が挙がっていた。現在、海外売上高に占める割合は台湾が32%、中国が24%、韓国が18%だが、当時から台湾には有力な取引先が多く、売上高も大きかった。また、中国にはすでに生産拠点があった。これらのことを踏まえ、天災以外にも政変など政治的なリスクを含めて検討した結果、売上高が大きく、かつ親日的で「仕事がしやすい」(小田嶋社長)台湾に決定した。台湾では当期損益が黒字化するめどがつき、今後は台湾での地産地消だけではなく、東南アジアへの輸出も視野に入れている。世界の貿易や金融、交通の中心地の一つであるシンガポールには営業拠点もあり、実現すれば東南アジアでの販売を加速することになりそうだ。
一方、海外売上高に占める割合を見てみると、北米が3%で欧州が4%と台湾や中国、韓国と比べると少ない。だが、北米や欧州には製品の設計を請け負うデザインハウスなど発注に関する決定権を持つ取引先があるため、米国と欧州には営業拠点を設けている。取引先は北米と欧州で発注を決め、生産拠点がある台湾や中国などで商品を調達するという構図だ。関連ビジネスも期待している。
米国には開発拠点もあるが、産学による共同研究だけではなく、国内とは「文化が違う。開発のコンセプトも違う」(小田嶋社長)。取引先との共同開発・改良によるカスタムメイドの商品が多いため、米国流の開発を学び、取引先との共同開発を円滑化する狙いもある。さらに、このノウハウを水平展開するため、国内と米国開発拠点との人材交流を進める。人材交流に関しては工場に研究施設がある台湾にも日本人技術者を派遣している。さらに、米国開発拠点があるマサチューセッツ州は「最高峰のエンジニアを輩出するMITがある」(小田嶋社長)ことから、共同研究を通して、人材交流を活発化し、従業員のスキルアップを図る。順調な海外展開について小田嶋社長は「これまでに海外で9カ所の営業・生産・開発拠点を立ち上げてきた経験が大きい」と分析する。
本社再編、集中生産でレベルアップ
同社は本社工場の再編成で生産棟の着工を2016年3月に始める。17年4月に完成する。再編は5期に渡って行われ、総事業費は約150億円で、同社にとって最大の投資となる。
建物の老朽化対策と効率的な生産体制の構築が狙いだ。必要に応じて工場などを建て増ししてきたことから、3万平方メートルの敷地内に約20棟の建物がある。そのため一棟の中で生産が完結せず、次の工程に移行する際に別の建物に移動する必要があるなど生産体制にロスがあった。この問題を解決するため、5期に渡る工事で建物を5棟に集約する。第1期の生産棟では原料を搬入し、加工、製造、出荷まで一貫して行えるようにする。集中生産により管理をしやすくし、品質の向上と安定化を実現する。同社は「人とモノの流れの無駄をなくす」としている。
第2期は危険物プラントで第3期は危険物倉庫、第4期は次期商材の試作工場、第5期は管理厚生棟。21年に完了する。業績が悪化し、工事を中断する必要が生じても、業務に支障がないように5期に区切った。
再編後の本社工場が同社の海外展開の司令塔となる。小田嶋社長は「『形』としてはグローバル機能の総仕上げとなる。『魂』を入れることが必要で、さまざま仕組みなどソフトウエアを常にアップデートする」と積極的な姿勢を示している。
現地で信用できる人をつくること
海外進出を成功させるためには小田嶋社長は「現地にいかに信用できる人間をつくるかがポイントになる」と強調する。そして「信用できる人間が紹介してくれた人間は信用できる」と続ける。小田嶋社長のいう信用できる人間の定義とは「この人に頼めば間違いない。仮に間違ったとしても、あの人に頼んで間違ったのがだから仕方がないと、納得できるだけの人間」だ。
同社の場合は小田嶋社長の父である小田嶋寿一元会長・元社長の存在が大きい。寿一氏は国際基督教大学を卒業し、外資系企業で活躍、世界を飛び回った。そのネットワークが同社の海外展開の土台となった。小田嶋社長は「先代(寿一氏)のコネクションは大きい。私は手足となって動き回った」と振り返る。
信用できる人間は一朝一夕にはつくれない。小田嶋社長は「巡り会う努力が必要だ」と説く。小田嶋社長自身も「いいコネクションをつくろうと努力している」。常日頃から海外進出に対するアンテナを立て続けるとともに、感度をアップするため磨き続けることが必要なようだ。
プロフィール
ナミックス株式会社
所在地 新潟市北区濁川3993
設立 1947年
資本金 8000万円
従業員数 約480人
事業内容 電子部品と半導体向け絶縁材料と導電材料の開発・製造・販売
電話番号 025・258・5577
URL https://www.namics.co.jp/
公開日:2016年 4月 28日
タグ:
ページコンテンツ
- 海外9拠点、全て独自資本で進出
- 国内需要は減るが海外では増加
- 台湾の取引先からBCP対策求められ決断
- 英語研修を徹底、課題解決力が必要に
- 本社再編、集中生産でレベルアップ
- 現地で信用できる人をつくること
- プロフィール
- Related Posts
- 企業事例3 EU販路開拓の取組事例 夢元無双
- 企業事例4 EU販路開拓の取組事例 MISOKA
- 「海外市場に活路を見出す西陣織の機屋4代目夫妻の挑戦」- 岡本織物株式会社(京都府京都市)
- 「静岡県産の有機栽培茶をヨーロッパの人々に届けたい」 – 株式会社おさだ製茶(静岡県周智郡森町)
- 「海外との競争の中でMADE IN JAPANにこだわりヒット商品を生み出した玩具メーカー」 ‐ 株式会社オビツ製作所
- 「海外の展示会への出展がブランド強化につながる」 ‐ 米富繊維株式会社
- 「新市場開拓と日本式理容に従事する人材育成のためベトナムへ進出」 ‐ 有限会社銀座マツナガ
- 「日本のハムや和牛のおいしさをベトナムに、さらに東南アジア全体に」 ‐ 株式会社シェフミートチグサ
- Related Posts