世界中からデザインや技術に優れた消費財が集まるフランス・パリの見本市「メゾン・エ・オブジェ」。その中でもひときわ目立つブースがありました。数百本の歯ブラシでできたシャンデリアに、その歯ブラシで歯を磨く世界各国のバイヤー。2018年1月のメゾン・エ・オブジェでは、約5,000人が実際に歯ブラシの磨き心地を試し、5日間で約8,000人がブースに訪れました。また、世界進出モデルのISM(イズム)は世界的に有名なデザイン賞を6つも受賞しています。
「MISOKA(ミソカ)」と名付けられたこの歯ブラシは、ナノミネラルコーティングと呼ばれる、ナノサイズのミネラルでブラシの毛先をコーティングする技術が施されています。
この独自の技術を持つ株式会社夢職人の創業者、辻陽平社長にインタビューをしました。
【インタビュー・執筆 大森渚(株式会社オージュ・コンサルティング)】
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車好きから生まれたミネラルコーティング技術
ーもともとは素材会社に勤務されていたと伺いました。
辻さん はい。素材会社で開発と営業をしていたのですが、独自のミネラルコーティングの技術を開発したんです。最初にその技術を応用しようとしたのが車のコーティング剤でした。私も車が好きで車によくワックスを塗りこんでいたのですが、ワックスってどこかに流れ落ちてしまいますよね。車をキレイにするたびに化学物質を垂れ流しにしていいのか、という疑問から、ミネラルを使ったコーティング剤を開発したんです。実際にそのコーティングをした部分は、1~2週間経って雨に濡れても汚れがつきにくかったんですね。しかし、自動車業界というのは、なかなか前例のないものは受け入れてくれない。
そこで、片っ端から色々なものをコーティングしてみたんです。眼鏡もワイングラスもたこ焼きプレートも。確かに汚れがつきにくくなる。でも、そのようなものは、世の中に簡単に綺麗になる技術がすでにあるんですね。
ーどのように歯ブラシに行き着いたのでしょうか?
辻さん ふと、お風呂に入っている時に思ったんです。ああ、お風呂を全部ミネラルコーティングできたらなぁって。でも、一軒一軒のお宅を自分がコーティングして回るわけにはいかない。だったら、お風呂ブラシにコーティングすれば間接的にお風呂をミネラルコーティングできるんじゃないか。でも、お風呂ブラシだったら他にもたくさん商品はある。
それで、お風呂を出て、歯を磨いてる時に、これなんじゃないかって思ったんです。歯ブラシだけで綺麗になる歯ブラシはなかなかないし、何せ1人1本で使う数も多い。
ーそのようにしてミネラルコーティングの歯ブラシが出来上がったんですね。
辻さん はい。しかし最初は大変でした。コーティングした歯ブラシが1週間しかもたなくて…粒子が粗いと取れやすくなってしまうんですよね。なので、粒子をさらに細かくするようになった。ナノテクと呼ばれるほど粒子を細かくしていった結果、1か月間もつようになったんです。
ー1本1,000円というのは、勇気のある値付けでしたね。
辻さん 最初はサラリーマン感覚で、原価を足していって600円ぐらいかなって思ってたんです。でも、ある方に「中途半端やな」って言われて。「1,000円にしたらどうか?1,000円ならギフトになるけど600円ではギフトにならん」って言われたんですよ。だから、パッケージにもディテールにもとことんこだわって、1,000円でも売れるものにしようと決めたんです。その方には今でも感謝してますね。
ー最初はどこで販売していたんでしょうか?
辻さん 心斎橋の東急ハンズで実演販売をさせていただきました。価格が価格なので、最初はあまり動かなかったんです。「1,000円はありえへんな」とか言われて。でも、「1,000円言うたらお昼食べられんねんで」って言いながら買っていったおばちゃんが、しばらくするとまた来て、「気に入ったから家族3人2か月分で6本ちょうだい」って言ってくれたりするんですね。家族の中の口コミは強力です。
そのうちお一人が2本3本買うようになってきて手応えを感じてきた頃、いろんなお店から「心斎橋に面白い歯ブラシがある」っていうことで問い合わせが来るようになって。その頃、「知っとこ!」というテレビ番組に取り上げられまして。朝から晩まで、電話が鳴り止まない事態になりました。
世界戦略モデル「イズム」で6つのデザイン賞を受賞
ー海外進出するようになったきっかけは?
辻さん MISOKAにはロゴの色が藍・若草・山吹・朱と4色あるのですが、朱のロゴのものだけをまとめて何十本も買っていくお客様がおられて。調べてみるとどうやら中国の方のようなんですね。そこでもしかしたら海外でも売れるのではないかと思いました。
最初はJETROの中国キャラバンに参加しました。最初は海外展開の方法も中国のルールもわからなかったので、商品をスーツケースに詰めて行って、テーブルに並べて、通訳さんに最初に使っていただいてから商品説明してもらうようにしました。それから2~3回参加しました。
また、アジアキャラバンでベトナムやタイにも行きましたし、個人的にインドネシアやマレーシアにも行きました。
周りからお褒めいただけるほど一生懸命やったんです。名刺をいただいて、きっちり商談をして、お見積りもお渡しして…でも「いいね」と言っていただけても、買っていただくところまではなかなかいかなかったんです。
ーなぜだったのでしょうか?
辻さん 中国である方と商談をしていて、言われたんです。「日本で売れているのはわかった。でも、世界では認められてるのか?」と。
そこで、世界で評価されることの重要性に気づいたんです。そこから世界展開をもう一度、ゼロから考え直しました。気づいてもらうにはどうすればいいか。目立つしかない。でも、私たちの商品って、微細加工という目に見えない技術ですよね。目に見えない技術のことを話してもなかなか耳を傾けてもらえない。だったら目に見えるところから行こうと。
イズムという、私たちにとっての世界戦略モデルを作りました。日本の成形技術と金型技術を駆使したデザイン性に優れたモデルを作ったんですね。結果としてこのイズムは1つのアイテムで6つの世界的なデザイン賞を受賞しました。レッドドット、IFデザイン、ウォールペーパーの3つのデザインアワードを「ウィナー」で、それからトップアワード、ジャーマンデザインアワード、グッドデザイン賞も取っています。
世界のデザイン関係者が集まるミラノデザインウィークで発表
ー商品の発表は2015年のミラノデザインウィークだったと伺っています。
辻さん 新商品の発表はあえて日本ではなくミラノで行いました。目立つため、世界で評価されるには、デザインの分野で世界一注目されている場所に行く必要があったんです。場所も、有名企業の出展も多いトルトーナ地区にしました。1,000万円ぐらいはかかりましたが、下手な広告を打つより世界中の人が集まる場所に出したいと思ったんです。
メゾン・エ・オブジェでは約8,000人の集客を誇る
ーメゾン・エ・オブジェでは社会現象と言えるほどの人だかりができましたね。
辻さん メゾン・エ・オブジェの来場者は8万人から9万人なんですが、その中の5,000人が弊社のブースで歯磨きの体験をされています。体験はせず見に来ただけの人を含めると8,000人ぐらいにはなるのではないでしょうか。
ーそれはすごいですね!どのような工夫をされたんですか?
辻さん 百貨店などで使う、買い物の黄金パターンをブースで実現するようにしています。買い物をする時、まず遠くから見て、近づいて見て、手にとって、それから買いますよね。だから、例えば、何百本もの歯ブラシを使った大きなシャンデリアを上から吊るしています。キラキラしているし、まさか歯ブラシでできているとは思わないので、みなさんが近づいてくるんですよね。ディスプレイも、手にとって見て、「あ、いいな」と思っていただけるよう工夫しています。
ーメゾン・エ・オブジェの期間中に意識的にされていたことはありますか?
辻さん 出展にかかった費用をブースにいる時間で割るようにしていますね。5日間で1日9時間とすると、45時間ですよね。1,000万円を45で割ったら1時間いくらかと常に考えている。砂時計のようにユーロ硬貨が落ちていくイメージです。なので、日本人だけで固まって喋っていたりするのは本当にもったいないと思います。
「Made in Japan」の上を行く商品を
ーヨーロッパの市場をどのように調査されているのでしょうか?
辻さん 出展前に視察のみの目的で回るようにしています。MISOKAのお客様はお金に余裕のある方たちなので、そのような方が求めているものや購買活動を見て回るんです。ヨーロッパでも、中国でも、東南アジアでも、富裕層の価値観や行動には共通したものがあるんです。どうしても私たちは自分のお財布でものを考えてしまいがちなのですが、そうではなく、お客様が富裕層だったら富裕層の感覚で考えることが大事だと思っています。
ーEU圏でも、日本製のものに対する安心感や信頼感はありますか?
辻さん はい。とはいえ、歯ブラシの形状をしていても、一歩先に、現地の人が考えることの向こう側に行くことが大事だと思っています。「日本製だから」「Made in Japanだから」歓迎されると思っている方も多いのですが、それは間違いですね。同じ規格性能のものを日本で作っても、響かないですね。むしろ、現地の企業や現地の人の生活を脅かすものだと思われてしまいます。そうではなくて、何か現地の人たちを幸せにするものでないと。
ただ、需要があるところに卓越した技術や、現地にないテイストのものを持っていくのは良いのではないかと思います。
ー社内に海外営業の担当の方がいると伺いました。そのような人材はどのように集めたのでしょうか?
辻さん 実は、ハローワークで募集したんですよ。海外経験があって語学が堪能な方でも、何らかの理由で地元に住んでいる方はおられます。そのような方は地元で活躍できる機会を探しているんですよ。ハローワークで求人を見て、どのような会社か調べますよね。弊社はどのような商品を作っているかや、ミラノやパリで出展していることなど、すべてHPに掲載しています。
そのようなことを知ってもらって、「面白そうな会社だな」と思っていただくことが大事ですね。海外との電話対応はもちろん、海外出張への同行などもすべてお願いしています。
ー地元に眠っている力を活かしていらっしゃるんですね。「このようなブランドにしたい」というイメージを、どのように社員さんと共有されているのですか?
辻さん 会社の目指している方向性について私自身が常に発信するようにしています。新聞やラジオなどでも同様ですね。社員には「こうしなきゃならない」ではなく、「こうなっていくんだ」という感覚は持って欲しいですし、実際にそのようになってきていると思います。
ー最後に、今からEUでの展開を目指す企業に対して、伝えたいことはありますか?
辻さん 街中を含めた市場調査をしっかりすること、ブースでの時間を有効に使うことは、先ほど言った通りですね。あとは、商品開発やブース作りについて、デザイナー任せにしないことも大事です。デザイナーはデザイナー、プロデューサーはプロデューサーなんです。デザイナーにデザインしてもらって、そのまま商品にするのではなく、「これはそうじゃない」とか「こうした方がいい」ってしっかりと意見を言った方が良いですね。そのようなやり取りを繰り返してこそ、本当に良いものが出来上がると思っています。
成功のポイント
- 微細加工という目に見えない技術を見えるようにするために世界的なデザイン賞に複数挑戦
- 展示会のブースでも買い物の法則を応用。遠くから見た時にアイキャッチになるもの、近くに寄って触りたくなるものを効果的に配置する。
- 展示会では出展にかかった費用をブースにいる時間で割り、その時間を有効に使う。
- 現地の人が考えることの向こう側に行くことが大切。現地の人たちを幸せにするものを提供する。
企業DATA
所在地 大阪府箕面市半町3-14-13
代表者 代表取締役 辻陽平
業 種 微細加工技術の研究開発
微細加工技術の応用製品企画・製造販売
歯ブラシの企画・製造販売
資本金 24,450,000円(資本準備金含む)
従業員数 25名
URL http://www.yumeshokunin.jp/corporate/
海外進出国 フランス、イタリア
海外展示会 メゾン・エ・オブジエ パリ
2016年1月展、9月展
2017年1月展、9月展
2018年1月展、9月展
ミラノデザインウィーク
2015年、2017年、2018年
※平成30年9月現在
EU販路開拓ガイドブックシリーズ
中小機構では、中小企業一社一社の輸出や海外拠点設立を経験豊富な専門家が一緒に考える「海外ビジネス戦略推進支援事業」を行なっています。今般、EU との経済連携協定の締結を契機として、EU進出を図る企業様の支援特別枠を設けるとともに、より幅広い方々を支援するため、「EU 販路開拓ガイドブックシリーズ」を作成していきます。
このガイドブックシリーズでは、進出を図る際に知っておきたいEU マーケットの動向や参入規制、展示会などを活用した販路開拓のポイントのほか、急速に進展を遂げるWEBを使ったマーケティングやEC モールの活用など、オンラインでの販路開拓のノウハウについても取り上げていきます。
平成30年3月から平成31年3月までの特別プロジェクトです。ご期待ください。
「海外ビジネスナビ」にて順次公開予定
https://biznavi.smrj.go.jp/
中小機構とは
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