「海外をちょっとのぞき見コラム」は海外現地の最新状況やホットなトピックスをお伝えするコラム記事です。第15回目は、ベトナムにお住まいの桜場アドバイザーに現地事情をお聞きしました。

※なお、このレポートは2022年1月14日時点の情報であり、現在の状況と異なる可能性があることをご了承ください。

2020年と2021年は、ベトナムも新型コロナにより大きな影響を受けました。当初は、ゼロコロナ政策ということで感染者を抑え込み優秀な感染対策国として世界でも高い評価を受けていましたが、2021年4月末からの感染第4波によって、それまでの概念が崩壊するほどの大きな衝撃を受けることになりました。

『Fがつくのは、拙い』、ベトナムが感染第4波によってウイズコロナ政策に転換するまでの間、ベトナムに住む人々の共通認識がこれでした。
Fって何かと思われる人もいるでしょうが、ベトナムでは新型コロナ感染者をF0(エフゼロ)として管理していました。
F0の濃厚接触者がF1で、F1の濃厚接触者がF2、そのまた濃厚接触者がF3ということになります。
ベトナムでの感染者数が抑えられていた2020年から2021年中ごろまで、ベトナムは感染者と濃厚接触者の徹底的な追跡と隔離によるいわゆる”ゼロコロナ”対策でコロナを封じ込めようと躍起になっていました。
その当時は、F0が一人でも確認されたとなると大騒ぎです。該当人物がどこからきて、どこへ移動したのかがこと細かく報道され、F1に該当する人が何人いてF2に該当する人が何人いるといった情報が流れていました。
もちろん、Fの数が増えていけば該当する人数は指数関数的に増えていくのですが、最盛期にはF4くらいまでは追跡されていたように思います。
そして、このFがつけられた人は、F0(感染者)はもちろんのこと、F1、F2に至るまで、行動履歴を追跡され、検査を強制され、そして住んでいるマンションごと隔離されるという状況で、みんな自分にいつFがつくかと戦々恐々としていました。

ところが、これが感染第4波後、ウイズコロナに方針が転換されると状況は一変しました。
もう今では、F4なんていう言葉を聞くことはありません。F1といっても自主的に人に会うのを控えるくらいで、保健所から追い回されたり住んでるマンションが封鎖されるなんてことはなくなりました。
最近だとF0になったとしても、無症状や軽症なら自宅療養で済ませることになっており、中にはそのまま外出している人もきっといるだろうと思わせるほどの緩みっぷりです。

ワクチン接種によって状況が変わったことはもちろんあるんでしょうが、それにしてもここまで極端に変わるのかとびっくりするほどの変わり身の早さに、ついていくのが精いっぱいといった状況です。
そんな私も先日ついにF1となってしまいました。しかし、アポの予定をキャンセルしたくらいで後は、ほぼ普通に生活していました。もちろんマスクはしていますが。
ただ、ゼロコロナ時代に刷り込まれたFへの恐怖はまだ抜けきっていないようで、先週面談した人からF0になったと連絡があったときは、内心ドキドキしていたのも事実です。
しかし、いずれはF1すらも以前のF4のように関心を払われなくなり、F0でも軽症か無症状であれば、問題なく日常生活を送れる日がどうやら近づいている気がします。

新型コロナによって見えたベトナム人気質

世界的に猛威を振るった新型コロナウイルスの感染拡大によって、ベトナムも様々な影響を受けました。また、ベトナム社会全体にも様々な課題や、これまでとは違った考え方も生まれました。
私は、ベトナム在住が20年を超えていますが、そんな私にも今回のコロナで、いろいろと新しい発見がありました。
今回、印象に残った出来事の一つが、ベトナム人医療従事者やボランティアを中心とした人々の責任感の強さでした。

ベトナムは、新型コロナ感染による死者を極力抑え込むことに重点を注ぎ、特にゼロコロナ戦略の期間中は、凄まじいほどの熱意で感染拡大防止に立ち向かいました。
感染者が重症化した場合、医療従事者は寝食も忘れて、治療にあたり、感染者の濃厚接触者を追跡するための検査や調査活動には、学生ボランティアも含めた多くの人が従事しました。

感染第4波が拡大し始めた時期には、患者数が急増したために医療従事者をはじめとした新型コロナ対策に従事する人々は、寝る暇もないほど働き、作業が終わった後に路上で眠る検査担当者や、防護服を着て治療にあたっていたために熱中症で倒れた医療従事者、数ヶ月にわたって家族と一切会えずにいる救急車のドライバーといった人たちに関する報道が多数出るようになりました。

日本ではベトナム人は、まじめで勤勉な人が多いといわれることも多いですが、一方で離職率が高い、責任感がないといった評価が現地の日系企業駐在員からはよく聞かれました。
しかし、今回のベトナムでの新型コロナに対する医療従事者の責任感を持った対応には、感心させられるとともに考えを改めさせられるものがありました。

ベトナムの医師や看護師は決して高収入の人ばかりではありませんが、そこには人々の命を救うために必死で努力する姿がありました。
民間企業のスタッフの中には、確かに責任感が感じられず収入に不満があればすぐにやめてしまうという人たちも存在します。しかしそれは、本当にベトナム人だけの問題なんでしょうか?もしかすると企業側にも問題があるのかもしれません。本当にやりがいのある仕事を、責任を持たせてやらせれば、頑張る人はベトナムにも沢山いるのではないかと現地の報道を見ながら考えさせられました。

ベトナム人と行政の歪な関係?

ちょっと蛇足になりますが、ベトナムで仕事をしている人間としては、ベトナム人と政府の関係性というのはよくわからない部分があります。元々、南北に分かれて戦争をして北ベトナムが勝利したという歴史的背景から、南部の人と北部の人では、政府に対する考え方は異なる部分が多いです。私は南部に在住していますので、あくまで南部で感じたことを書きます。
私の仕事は、法人設立や労働許可証の申請など行政機関とのかかわりが多いのですが、非常に苦労させられることがあります。日本とは違い、公務員と市民には、上下関係があり、行政機関には市民にサービスを提供するという意識はまずありません。
あくまで市民がお願いしたことを処理してあげるというスタンスであり、手続きについて問い合わせなどをしても、まずまともには回答してくれません。
しかし、ベトナム政府が市民の声を無視しているかというとそういうこともなく、逆にベトナム政府は市民の不平不満については、非常に敏感であると感じる部分もあります。
この辺りは非常に複雑ですが、今回のコロナにおいて起きた一つの事件からその複雑な面を再認識しました。

それは、中部の有名なリゾート地であるカインホア省で起きました。ことの発端は省政府が、市民に対して不要不急の外出を禁じるという指示を出したことから始まります。
この時期は、日ごとに行動規制が厳しくなっており、ついに原則的には外出が認められないということになったのです。しかし、省政府は、食品などの生活必需品については外出しての買い出しを認めるとしていました。
そんな中である青年が、バイクでパンを買いに出かけたところ、検問所で捕まるという出来事が起きました。最初検問所の質問に対して、この青年は水とパンを買いに行くという説明をしましたが、検問所のスタッフは納得せず、言い合いの末、この青年は、バイクを没収され、罰金を科せられました。
更に、この青年がバイクの返却と罰金の支払いのために、役所を訪れた際に担当者は青年に向かって「パンは食品ではない。あなたの行動は政府の規定に違反している。」と言い放ったのでした。

なぜこれが判ったかというと動画がとられていたんです。この様子を収めた動画がSNS上に出回ったことで、不安の中で耐えていたベトナム人は強い反発を示し、現地のメディアなども行政の対応を批判する記事を出しました。最終的には行政側が非を認め、知事が青年に謝罪する羽目になりました。

しかし、これはSNSに動画が出たために大きなニュースになっただけで、実際には似たようなことが多くの地域で起こり、そして泣き寝入りした人たちが沢山いたと想像できます。
今回の件も、動画が出回らなければ、そしてSNSがこれほど普及していなければ、この青年は罰金を払わされて終わりだったでしょう。
このニュースについては、パンが食料ではないという強弁は、はたから見れば馬鹿馬鹿しいほどの話ですが、現場ではそういうことがまかり通ってしまうのです。
弊社でも、以前にベトナム語と英語併記で作成した文書を提出したところ、突然「ベトナム語に公証翻訳して再提出しなさい」といわれたことがあります。これまで同様の申請では一度も指摘されたことのない話で、当然反論しましたが、結局認められませんでした。
ベトナム人スタッフは、行政の担当者の言うことが理不尽に感じられても、それに対して直接抗議するということはほとんどしません。
これは、特に外資系企業がベトナムで事業をおこなう上で、非常に大きな問題として実は影を落としており、その本質が『パンは食品ではない』という言葉に表れているように思えました。

新型コロナによるビジネスの変化

新型コロナがベトナムのビジネスにどのような影響を与え、今後どのような形に変化していくかを知るにはもう少し時間がかかりそうです。
確かにEコマースや電子決済は、進んだように思えますが、実はこの流れは新型コロナ流行前から進んでおり、新型コロナが決定的に影響を与えたというよりは、時代の流れとして既に始まっており、新型コロナの流行がそれを後押ししたという感じでしょうか。
また、ベトナムには多くの製造業が進出していますが、これは安価な人件費を活用することが目的であり、多くの工場がやはり人に依存しています。
人がいなくても製造できるようなFA化はベトナムでも徐々に進んでいますが、まだまだ、ベトナムは豊富な労働力を生かした労働集約型の製造業が中心でコロナ後もそれはすぐには変わりそうもありません。
製造業関連でいえば、一番大きく変わったと感じられたのが展示会でした。展示会というのは、ある程度のスペースにまとまった数のブースが出展され、そこに多くの人が来場するという、新型コロナには全く不向きなイベントです。
そのため、2020年以降は、多くの展示会が中止、延期となり、主催者は何とか展示会を実施するためにオンライン展示会へ方向転換を図りました。しかし、これがいまいち不評です。通常の展示会に比べて、来場者の反応を実感しにくく、使い慣れてないせいもあるのか、成果もあまり出ていないようです。
オンライン展示会は、今後さらに使いやすく進化していくのでしょうが、やはり人と人が一つの場所に集まって商談をする従来の展示会スタイルへの要望は根強く、新型コロナ終息後は、従来型の展示会に戻るのではないでしょうか。

筆者紹介

桜場 伸介 中小機構 中小企業アドバイザー(新市場開拓)

999年からベトナムホーチミン市に住んでおり、ベトナム人と結婚し、6歳と8歳の娘と日々楽しくも厳しいベトナムライフを過ごす日々。現地の設計会社やコンサルティング会社勤務を経て、2009年に、有限会社を設立して独立。日本企業のベトナム進出サポートとして、市場調査、会社設立、工業団地紹介、翻訳・通訳などの業務を行っている。また、ベトナムで初の日系ビジネス情報誌を2010年1月から発行。現地の日本人ビジネスマンに、ベトナム情報を伝え、日越の懸け橋となるべく奮闘中。2020年からオンライン版もスタートしており、日本でも現地の最新のベトナム情報が入手可能になった。

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