「海外をちょっとのぞき見コラム」は海外現地の最新状況やホットなトピックスをお伝えするコラム記事です。第12回目は、パリにお住まいの奥本アドバイザーにフランスの現地事情をお聞きしました。

※なお、このレポートは2021年12月9日時点の情報であり、現在の状況と異なる可能性があることをご了承ください。

12月のパリは、シャンゼリゼ通りやデパートなどがクリスマスイルミネーションで彩られ、とても華やかな雰囲気です。新型コロナウイルスの感染拡大により、昨年はフランス各地のクリスマス・マーケットの多くが中止されましたが、今年は、第5波到来にも拘わらず再開し、冬の風物詩を楽しむ光景が広く見られます。

レストランにとっても、この時期は、いわゆる書き入れ時です。フランスでは、2020年3月以降、三度にわたる外出禁止令があり、約一年半にわたり飲食店は通常営業ができず、非常に苦しい思いを強いられてきました。コロナ禍という未曽有のパンデミックを経験する前と後では、フランスの人々の食習慣や、レストラン業界にはどのような変化があったのでしょうか?

高まる健康意識と地産地消志向

2020年3月16日夜、マクロン大統領のテレビ演説で、翌17日正午からの外出禁止令が発表され、それから約2ヶ月の間、生活に最低限必要な買い物や通院などの外出以外が禁止されました。各地で警察官による取り締まりが行われ、違反した場合には厳しい罰金が課せられました。突然、文字通り、家に閉じ込められる生活が始まり、家庭では様々な食環境の変化が見られました。

「美食の国」と称されるフランスですが、実のところ、平日の夜はスープとパン、パスタとサラダなど、簡単なもので済ませている場合が多いのが一般的です。ところが、この外出制限により、健康的な食事への意識が高まり、かつ運動不足で体重コントロールも必要とあって、料理にかける時間が増えました。インスタグラム上では、有名なシェフや、フードブロガーたちによる、料理ライブやレシピ投稿が盛んになり、家庭でこうしたスペシャルレシピを再現することを楽しんだ人も多かったようです。中でも、パンを自宅で作る人が急増したことは興味深く、パンがフランスの食のシンボルであることが、はっきりとわかる現象でした。フランス人の生活に欠かせないパンを、時間をかけて手作りし、安全で美味しいものを自分で作る大切さを学んだ人、家族団欒の時間として楽しんだ人など、様々だったと思います。

また、人々の消費行動にも変化が生まれました。苦しい状況に置かれることになった小規模生産者や、地元の独立食料品店を支援する動きが強まったのです。これは、食の安全性重視や、環境配慮のための地産地消志向だけでなく、フランスには「ソリダリテ」(日本語では「連帯」の意)の精神が根強くあることにも関係しています。

レストランの完全再開と変革

1回目の外出制限の解除後、一旦は飲食店が再開され、外食を楽しむことができたのですが、夏のバカンス期を経てウイルスの感染状況が悪化し、2020年10月末には2回目の外出制限禁止令が出されました。それと並行して、飲食店も再閉鎖され、同年の12月には外出制限の再解除こそあったものの、飲食店の再開は許されず、2021年の4月からの3回目の外出制限を経て、人々の生活や飲食店の営業に自由が戻ったのは、同年6月のことです。

完全な外出制限解除と、飲食店の通常営業再開から半年が経過し、今では、フランスの生活はコロナ禍前の平常に戻っています。まだ寒さが厳しくなる前、11月初め頃までは、パリのレストランやカフェのテラス席には、朝から夜まで賑わう光景が見られました。実はこの8月から、フランスの飲食店を利用するためには、「衛生パス」の提示が必要です。「衛生パス」とは、ワクチン接種証明か、陰性証明(PCR検査または抗原検査に基づいて、新型コロナウイルス感染が陰性であるという証明)を含んだ証明書のことです。通常、スマートフォンにQRコード付きデジタル証明書を入れておき、入店時に店員に提示してスキャンしてもらいます。飲食店以外にも、長距離交通機関、映画館等でも、この衛生パスを提示することが義務化されています。衛生パスの導入は、自由を制限するものとして物議を醸しましたし、今でもそれに対する抗議デモが続いています。しかしながら、飲食・観光・文化他、様々なビジネスの再生には、衛生パスの普及が不可欠でした。

長期にわたった通常営業停止下では、小さな食堂的な店から、ミシュランガイド星付きレストランに至るまで、多くの店が創意工夫を凝らしたテイクアウトメニューやデリバリーメニューを提供し、新しい食の楽しみの広がりが見えました。しかし、レストランやカフェの営業が再開するや否や、人々の足は店に向かいました。美味しい食事を味わうこと以上に、人々が待ち望んでいたのは、大切な家族や友人とテーブルを囲むことだったのです。それに加えて、フランスでは、コロナ禍で外食を敬遠するのではなく、むしろ馴染みの店を利用して支援したいという考えが顕著です。しかし、コロナ禍で経済的に以前より不安定になった消費者も多いため、最大限に席を埋めるためにも、中高級以上のレストランでは、メニューを簡素化して価格を下げた「よりカジュアルな」メニューを始めたところも多いようです。また、飲食業界では、外出制限期間中に転職した人も多く、現在は深刻な人手不足に直面しているため、組織や提供サービスの変革を迫られています。

最近フランスでは、ウイルスの新しい変異株の出現を受けて、再び感染拡大への警戒心も強まっていますが、自由な外出を楽しみ、大切な友人と笑い合う時間を過ごし、私も大きな波を乗り越えたことの喜びを感じます。とりわけ、長い間できなかった、レストランやカフェの席に座る度、フランス人が愛してやまないその特別な価値に気づかされるのです。

筆者紹介

奥本 智恵美 中小機構 中小企業アドバイザー(新市場開拓)

パリを拠点に、日本食に関わる欧州・日本間のビジネス・文化事業コンサルタントとして活動中。2013年渡仏、2015年にトゥール(Tours)大学院で食文化史修士号を取得。在院中からジェトロパリ事務所のインターンとして、現地での日本食プロモーション事業や調査業務に携わる。卒業後は、パリ主要駅における初めての駅弁販売イベントの現地コーディネーター、日本食輸入卸業者(日系1社、仏系1社)でのマネージャー職を経て、2019年にコンサルタントとして独立。市場調査、マーケティング、営業、国際食品見本市への出展サポート、シェフ/個人客向けの商品PRイベントの企画・運営等、広く日本食品の売上・販路拡大に努める。また、フランス人に日本の家庭料理を伝える講師として料理教室を開催、料理レシピも発信している。

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