平成24年から平成30年まで7年間、中小機構では、中小企業の皆様の海外展開をハンズオンで支援する「海外ビジネス戦略推進支援事業」を行ってきました。
この記事は事業最終年度である平成30年度の事例集を再編集したものです。
また、海外ビジネス戦略推進支援事業は平成30年度で終了した事業ですが、中小機構では中小企業のみなさまの海外展開を支援 しています。詳しくはお近くの中小機構地域本部 までお問い合わせください。
多方面の意見を聞き視野が広がった
1990年創業。和歌山県で、精密金属部品の加工や金型の製造を行っている。職人技ともいえる高度な技術で、自動車や家電の大手メーカーと長年の取引を続けている。経済成長で内需が拡大しているインドネシアへ進出を検討しており、事業計画の策定を通じて実際に進出した場合のビジネスを具体的にイメージするため、中小機構の海外ビジネス戦略推進支援事業に応募した。特に、進出形態については、独資で進出するか、現地パートナー合弁で進出するか、という点については現地調査で幅広い意見をヒアリングした。調査結果を総合的に勘案した後にインドネシア進出を決断、現地パートナーと合弁会社を設立した。
きっかけは海の向こうからのメール
インドネシア進出のきっかけは、10 数年前にさかのぼる。ある日突然、インドネシアの現地企業から、取引依頼のメールが届いたのだ。先方の社長が日本人だったこともあり、取引がスタートした。当社代表の濱本浩一さんにとって、それがインドネシアという国を「知る」きっかけになった。数年後に初めて現地を訪問した。日本とは違う街並みや文化に驚いたが、現地の人の良さが印象に残った。
人口約2億6千万人という巨大な市場を求め、自動車・家電などを中心に多くの日系企業がすでにインドネシアに進出して事業活動を行っていた。しかし、実は、インドネシアにはまだ当社が作っているような高精度な金型を作れる企業は少ない。おのずと「インドネシアに進出してほしい」と誘いを受けるようになった。
可能性を感じた濱本さんは、インドネシア進出について本格的に検討を開始したものの、進出形態についての悩みがあった。すなわち独資で会社を設立し当社だけの力で進めるか、あるいは現地の会社と合弁会社を設立するか、という点である。これまでのビジネスのつながりから、合弁パートナーの候補者はいたが、本当に協働できるかは未知数だった。初めての海外進出で、漠然としたイメージしか持てなかった。自分たちだけでは見えない視点を求めて、本事業に申し込んだ。
中小機構には民間企業にない視点があった
支援が始まると、濱本さんは「中小機構と、われわれ民間企業との視点の違いが、良い意味で大きいと思った」という。現地調査に向け、中小機構と一緒に訪問先を決めていった。そこには、進出後を見据えたネットワーク作りとして、大使館やジェトロ、現地の日本人会といった公的機関も含まれた。「過去に何度もインドネシアへ行っていますが、大使館などへの訪問は、考えたことがありませんでした。仮に行きたいと思ったとしても、どうすればいいか分からないですからね。そこを、中小機構という政府機関のネットワークで、スッと道を通してくれました」。
現地調査では、当社がインドネシアに進出した場合に取引を開始する可能性が高い企業はもちろん、日系物流会社にもアポイントを取った。世界各国からの投資を受け入れながら発展を続けるインドネシアだが、道路、港湾等の設備がその成長に追いつかず、慢性的な交通渋滞、港湾の飽和などの多くの問題が発生していると聞いており、十分な情報収集が必要だと考えていた。また、現在日本で外注している工程を、インドネシアでも同じレベルで外注できるのか、という懸念もあった。今回支援を担当していただいた中小機構の鈴木アドバイザーが機械分野に精通していたため、業界のことをよく分かったうえで相談に乗ってもらえた。「最初に話した時、鈴木アドバイザーの業界に関する知識が深く、話がスムーズに進むことに驚きました。しかもASEANでの豊富なビジネス経験があり、海外進出の良い面だけでなく、悪い面についても具体的に聞けてありがたかったです」。濱本さんらは、様々な視点を取り入れ、体系的な計画を練っていった。
独資か、合弁か様々な意見に揺れる
現地調査の日、空港に降り立つまで、濱本さんは不安だったという。それまで何度も顔を合わせていたとはいえ、中小機構職員と異国の地で5日間、ずっと行動を共にするのだ。しかし、そんな心配は杞憂だった。「中小機構の皆さんには、現地調査の間も、手厚くサポートしてもらいました。この人たちに担当してもらえて良かったと思います」。
濱本さんらは、公的機関や日系企業、金融機関などを訪問。公的機関では、インドネシアの経済状況や雇用関係、輸出入の税務に至るまで、幅広い情報を得た。さらに日系企業で、精密金型のニーズや、文化の違う国と取引する際の注意点などを聴取。物流会社では、心配していた港湾、インフラ関連の確認を行い、現地でビジネスする具体的なイメージをつかむことができた。
また、様々な場所で、独資と合弁のどちらが良いかという点について意見を求めた。独資の一番のメリットは、会社の経営方針を100%自分たちで決められることだ。しかし、ゼロからの出発になるし、現地のネットワークを自社ですべて構築しなければならない。一方、合弁会社の場合、現地パートナーのネットワークが使えるため、スピーディに商売が具体化する可能性は高い反面、経営方針が合わなかったり、契約、知財などの面でトラブルになったりと、独資にはないリスクがある。自社ですべてを決定できないのであれば、仮に経営状況が悪化した場合でも自らの意思だけでは撤退を決断できない。
つまり、合弁にもっとも大切なのは、「良いパートナーを見つけ、契約内容を十分に精査すること」である。だが、中小企業のネットワークでは、そもそも相手探しに苦労することも多い。仮に候補を見つけたとしても、十分に相手を見極められないまま、あるいは、契約上のリスクや相手との権利義務、さらに撤退決断ライン等を十分に精査できないままに物事を進めてしまい、のちのち関係が悪化するケースも多い。言うまでもないが、合弁で事業を行うのであれば、あらゆる面において現地側の方が優位だ。瞬く間に技術など日本側よいところを合弁相手側に持ち逃げされ、日本側が損をすることもある。日本国内ビジネスの常識やマナーなど通用しない。失敗例を見てきた人からは、「絶対に独資がいい」とも言われた。現地で会った人それぞれの立場、経験から様々な意見に触れ、心が揺れた。結局、調査中に答えは出なかった。
現地調査で海外進出のやり方がわかった
現地調査後、濱本さんらは悩んだ末、インドネシア進出を決断し、現地の企業と合弁会社を設立することとした。信頼できるパートナーが見つかったのだ。「今回、現地調査で多くの意見を聞いたことで、判断材料が増えました。インドネシアへは何度も訪問していましたが、今まで小さな範囲でしか見ていなかったと思います。中小機構のサポートで、一気に視野を広げてもらえました。海外にどう進出していけばいいか、そのやり方がわかりました」。
自信を得た濱本さんは、合弁で現地法人を設立。今後はインドネシアの工場に機械を置き、日本と同じ精密金型が作れる環境を整える。ゆくゆくは、金型の設計プログラムを日本からデータで送り、インドネシアで製造する方法を考えている。そのためには、現地での人材育成が不可欠だ。
現在、パートナー企業とは月に数回、ネットを使ったビデオ会議を行っている。「言葉の壁はありますが、日本とインドネシアでやりとりを重ねながら、一緒に進んでいくのが理想です」。現地の人材を日本に派遣して、国内で教育することも考えている。
濱本さんがインドネシアを知るきっかけは、1つの企業との出会いだった。その原点を忘れず、今後も人と人との交流を軸に、共に成長できる企業を目指していく。
公開日:2019年 10月 30日
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