平成24年から平成30年まで7年間、中小機構では、中小企業の皆様の海外展開をハンズオンで支援する「海外ビジネス戦略推進支援事業」を行ってきました。
この記事は事業最終年度である平成30年度の事例集を再編集したものです。
また、海外ビジネス戦略推進支援事業は平成30年度で終了した事業ですが、中小機構では中小企業のみなさまの海外展開を支援 しています。詳しくはお近くの中小機構地域本部 までお問い合わせください。

相手の顔を見て商品の良さを伝えたい

東京・木場で材木業を営んでいたが、築地に魚市場ができたことをきっかけに、1937年よりすし酢の製造を開始。伝統的な製法で作られた高級酢の「赤酢」は、東京をはじめ多くの有名すし店で欠かせないものとなっている。今まで、海外へは問い合わせベースで販売してきたが、今後は「使い手の顔が見える取引がしたい」と、フィリピン進出を決意。BtoBの英語サイトを作成し、現地調査では日本食店やディストリビューター候補を訪問。商品コンセプトを直接伝え、好感触を得た。

海外でも「顔の見える商売」がしたい

「ヨコ井の酢」といえば、江戸前すし職人の間で知らない者はいない存在だ。すし酢だけではなく、料理酢やポン酢、りんご酢などをすべて自社で製造し、一般向けにも販売。数十年前から、海外の日本食店にも輸出してきたが、「注文が来たら売る」という受動的なもので、最終ユーザーが誰で商品がどのように使われているかわからないことも多かったという。

代表の横井太郎社長が海外輸出に能動的に取り組みだしたのは、2012年からだ。日本食ブームの影響で輸出が増え、アメリカやオーストラリアを訪問する機会があった。だが、その時に食べた現地の寿司はおいしくなかった。これが日本の文化だと思われるのは困る。もっとおいしく食べてもらいたいと、横井さんは思った。

当社のコンセプトは、「作り手の顔が見える商売」だ。日本では、販売先に直接出向いてレシピの説明や、使い方の提案を行っている。海外でも同じように、直接お客様と取引したいと考えた。

今回進出先として選んだのは、富裕層が増えており、高級日本食店での需要が見込まれるフィリピン。しかし、現地で新規顧客を開拓するためには、商品コンセプトを理解してくれるディストリビューターが不可欠だ。どうやって探せばいいかを模索している最中に、中小機構の海外ビジネス戦略推進支援事業を知った。支援の中に現地調査があると聞き、まさに今、自分たちが求めているものだと思った。

英語サイトは板前経験のある翻訳家に依頼

現地調査に向け、中小機構の清松アドバイザーと綿密な打ち合わせを重ねた。特に、ヨコ井の酢に合うディストリビューターのイメージをしっかりと固めた。ハイエンド商品を取り扱う力を持っており、かつ商品説明を丁寧にしてくれるところが望ましい。同時に、ヨコ井の酢を使ってくれそうな日本食レストラン探しも行う。訪問先は、ネットでの情報と当社のネットワーク、そこに清松アドバイザーの経験をプラスして決定した。

HP画像

本事業で作成した海外向けのWEBサイト(https://yokoi-vinegar.com/)

海外向け英語サイトの準備も進めた。以前から、日本語サイトに海外から問い合わせが来ることがあり、英語サイトの必要性は感じていた。だが、日本人向けと海外向けでは、サイトの作り方が異なる。中小機構のWEBセミナーにも参加し、サイトコンセプトを固めていった。

英語サイトはBto B中心で、海外の日本食関係企業に、ヨコ井のすし酢を認識してもらうことを目的とした。アドバイザーから参考になるサイトを紹介してもらい、イメージをサイトマップに落とし込む。英語への翻訳は、プロに依頼した。機械翻訳を使うと、日本語独特の味の表現がどうしても不自然になる。今回依頼した翻訳家は、たまたま寿司を握った経験のある者で、日本食の知識をネイティブに届く表現にすることができた。

横井さんは「WEBサイトは大成功でした」と語る。「直接、海外のユーザーと話すための最高のツールだと思います。プロの翻訳など、自分たちだけでは作れないものが出来ました。今後、展示会でもサイトをPRし、海外との窓口にしたいと思っています」。

商品コンセプトを伝えて得た好感触

フィリピンでは、カジュアルな日本食レストランや量販店もリサーチした。そういったところでは、商品コンセプトより価格重視の販売方法になる。やはり、高級日本食レストランとつながりがあり、きちんと商品の説明が出来るディストリビューターが必要だ。いくつか訪問する中で、コンセプトを理解し、販売ルートも持っているディストリビューターを見つけることができた。

中小機構の清松アドバイザー(左)と、横井醸造工業の横井さん(右)

エンドユーザーである飲食店も、多く訪問した。本格的な寿司を提供するレストランでは、最初コスト面で心配されたものの、味見してもらうと「ぜひ使いたい」と前向きな反応を得た。また、いわゆる「一見さんお断り」の京料理店も訪問。京料理に使われる酢はまろやかなものが多く、濃厚なヨコ井の酢とは対照的な味だ。そこで、あえてお酢っぽくない、調味料として使えるタイプを提案。こちらも味見してもらうと「おいしい。料理に使いたい」と好感触を得た。

清松ADと横井社長

中小機構の清松アドバイザー(左)と、横井醸造工業の横井さん(右)

当初は、飲食店以外に百貨店や高級スーパーにも商品を出したいと思っていた。しかし、現地で調査してみると、単に棚に並べるだけの売り方では不利な状況が見えてきた。反対に、フィリピンは好景気で、今後も富裕層の日本食ニーズが高まるだろうと思えた。

「商品の質が高いことは、味わってもらえれば伝わります。しかし、値段だけを見ると、他と比べてどうしても高いと思われてしまう。今回、飲食店を直接回ったことで、付加価値のある商品としてコンセプトを伝えることができました」。横井さんが希望した「作り手の顔が見える商売」を、フィリピンでも目指した。その結果、良いディストリビューターに出会え、「まずは日本食レストランからはじめる」という方向性が決まった。

今までの公的な支援事業の中で一番良かった

フィリピンでは今、出稼ぎから帰ってきた人が外国の食文化をどんどん持ち込んでいる。経済成長の波に乗って、ミドル層も増える見込みだ。横井社長は今後、富裕層だけではなく、ミドル層を狙った商品も開発するつもりだ。

「今までほかの色々な公的支援を受けてきましたが、今回が一番成果を感じました。自分たちだけだと、やりたいと思っていても、きっかけがないとなかなか動けません。清松アドバイザーは、いい意味でハッキリと意見を言ってくれました。支援がなければ、現地で良いディストリビューターを見つけることはできなかったでしょう。今、非常にうまく話が進んでいるので、1つ1つの取引を大切に、取り組んでいきたいです」。世界に日本のおいしい食文化を伝えるため、横井さんらはこれからも歩き続ける。