平成24年から平成30年まで7年間、中小機構では、中小企業の皆様の海外展開をハンズオンで支援する「海外ビジネス戦略推進支援事業」を行ってきました。
この記事は事業最終年度である平成30年度の事例集を再編集したものです。
また、海外ビジネス戦略推進支援事業は平成30年度で終了した事業ですが、中小機構では中小企業のみなさまの海外展開を支援 しています。詳しくはお近くの中小機構地域本部 までお問い合わせください。

現場感覚を生かしてつかんだ販路

1970年創業。九州の中心に位置する宮崎県・高千穂で、農家から乾しいたけを直接買い取り、全国へ販売している。無農薬の原木しいたけに、遠赤外線仕上げを施し、旨味をさらに凝縮。おいしくて安心感のあるしいたけへの評価は高く、日本および米国アマゾンの「干し椎茸部門」で売り上げトップとなっている。当初はアメリカへの輸出を考えていたが、展示会での引き合いの多さから、香港に調査先を変更した。

米アマゾンで売り上げトップの実績

神話の町として知られる、宮崎県高千穂町。乾しいたけの生産量の65%を占める大分、宮崎、熊本の中心に位置する産地だ。当社は、高千穂の本社工場に専務の杉本和英さんが、東京事務所に兄で代表の達則さんが常駐している。今回は山に囲まれた高千穂で、弟の和英さんに話を聞いた。「サーフィンが好きなので、以前は湘南でアパレルの営業をしていました。当時、たまたま仕入れていたオーストラリアのシープスキンブーツを展示会に出したら、ものすごく人が来たことを覚えています。ちょうど流行り始めだったんですよ。そんな感じで仕事は順調でしたが、東日本大震災から流れが変わりました」。その日、東京にいた和英さんは、混乱の中12時間かけて湘南まで帰ったという。震災をきっかけに、商品が以前のようには売れなくなった。世の中の変化を感じた和英さんは、地元の高千穂に戻り、家業を継いだ兄と共に働くことにした。

当社では、農家から持ち込まれた乾しいたけを、すべて買い取っている。「売れないから」と断ることはしない。しかし、手軽なインスタント食品が好まれる現代、水に戻すひと手間がいる乾しいたけのニーズは減ってきていた。そこで、レシピを添付した商品をアマゾンで販売したところ、「干し椎茸部門」でトップに。米国アマゾンでも同様に一位になることができた。「海外にチャンスがある」と感じ、アメリカ進出を視野に、海外ビジネス戦略推進支援事業に申し込んだ。

展示会で一番反応が良かったのが香港

ニーズを確かめるため、まずは国内で海外向けの展示商談会に参加。国内の相手からは「インスタント食品の時代なのに、今さら売れるのか」と聞かれたりもした。しかし、海外の反応は違った。出展ブースには途切れずに興味を持つ人が訪れた。和英さんは、前職でシープスキンブーツに人が殺到したことを思い出した。

福田ADと杉本専務

中小機構の福田アドバイザー(左)と杉本商店の杉本和英さん(右)

「日本のスーパーで試食販売をすると、乾しいたけの食べ方を知らない人が多くて、よく質問されるんです。しかし海外では、世界のすみずみまで中国産の乾しいたけが行きわたっていて、使い方も知られていました。試食すると、味の違いもわかってくれました」。

中でも引き合いが強かったのが香港だ。香港には、安価な中国産しいたけが多く流通している。しかし、価格よりも生産プロセスに強い興味を示すバイヤーと出会うことができた。無農薬で昔ながらの原木栽培を続けている高千穂郷産しいたけは、味の良さだけでなく、自然が循環するサスティナブルな商品としても売り出せる。「当初考えていたアメリカより、まずは欲しがってくれるところに売った方がいいんじゃないか、と思いました」。展示会の反応から、現地調査先を香港に変更した。

渡航前に、輸出する際の法規制のリサーチや見積書の作成を、中小機構と相談しながら進めた。船会社のレスポンスが遅く、見積もりが進まなかったときには、海外経験豊富な福田アドバイザーのネットワークから当社に適した船会社の候補先や、見積書作成のコツをアドバイスしてもらいながら前に進めていった。香港の現地調査には、代表の達則さんが向かった。

持ち前の現場感覚から見えた販路

香港に着いた日、達則さんはスーパーをまわり、「ここに販路はない」と確信した。日本でも、達則さんと和英さんは全国のスーパーをまわり、棚のボリュームから市場を判断している。その現場感覚から、スーパーの食品棚を見てすぐに「香港で料理する人は少ない」とわかったのだ。実際に、香港の家にはキッチンがないところも多く、外食文化が根付いているようだった。

初日にスーパーでニーズをつかんだ達則さんは、想定していた販路を方向転換。現地アドバイザーのネットワークを使い、香港のシェフと面談を行った。そこで「一般的なレストランでは、しいたけは副菜。高級な日本産よりも、安い中国産を使う」と聞き、様々なレストランをめぐってリサーチした。素人には分からないが、達則さんは、見るとそのしいたけが日本産かどうか分かる。どんな店で日本のしいたけが使われているかをチェックし、ターゲットを絞っていった。

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無農薬の原木しいたけのみを使用

一番好感触だったのは、日本の展示会で出会ったバイヤーだ。彼らの経営する、環境に配慮した商品を扱うコンセプトショップを訪問。店内の自然食品コーナーで、高千穂郷産しいたけの生産背景まで含めた売り方をしてくれるという。理想的な販売方法だと思った。「物を売るのに、現場を見ることはとても大切です。今回の調査で香港の市場がつかめ、今後の売り方が見えました」。達則さんの現場感覚と、福田アドバイザーの海外経験による相乗効果から、今回の成果が生まれた。

いかに売るかより、いかに買い続けるか

日本で現地調査の報告を受けた和英さんも、その成果を感じている。「最初は、ほとんど白紙の状態でした。何からやればいいのか、不明点をどこに質問すればいいのかも分かっていませんでした。本事業のおかげで、最初から最後までワンストップで相談でき、欲しかった情報が手に入りました」。

今後は、1つの国に注力するのではなく、様々な国のニーズを確認しながら、売り上げのバランスを保ちたいと考えている。しいたけは、日本では年末~冬の需要が最も高い。海外でその他の時期の売り上げが確保できれば、農家から安定して買い続けることができる。

「いかに売るかより、いかに買い続けるかを考えています」と和英さんは語る。豊作の年でも全量を買い取る当社は、農家のお年寄りから「こんなに買ってどうするんだ」と聞かれることがあるという。そこで「海外にも売っています」と伝えると、喜んでもらえる。しいたけ栽培を先の見える仕事にしないと、新しい人材は入ってこない。すでにある良いものを、どうやって続けていくか。少し視野を広げれば、この地でできることはまだあると、和英さんは感じている。