平成24年から平成30年まで7年間、中小機構では、中小企業の皆様の海外展開をハンズオンで支援する「海外ビジネス戦略推進支援事業」を行ってきました。
この記事は事業最終年度である平成30年度の事例集を再編集したものです。
また、海外ビジネス戦略推進支援事業は平成30年度で終了した事業ですが、中小機構では中小企業のみなさまの海外展開を支援 しています。詳しくはお近くの中小機構地域本部 までお問い合わせください。

若き副社長の地元愛が開いた台湾進出への扉

1830年創業。豊かな自然に囲まれた愛知県岡崎市で、180年以上にわたり酒造りを行っている。現当主は8代目。今回、中小機構の海外ビジネス戦略推進支援事業に応募したのは、若き副社長だ。日本酒の輸出量が多い台湾をターゲットに、本格的な販路開拓を目指す。現地調査では、日本との飲酒文化の違いから方向転換を余儀なくされるも、商品コンセプトに合う販売先を見つけることができた。海外向けサイトや英語でのSNS展開も行い、知名度アップを図っている。

海外進出を成功させ地元に還元したい

当社は、江戸時代から続く老舗の酒蔵だ。20代で副社長となったのは、柴田佑紀さん。もともと別業種で働いており、アメリカ駐在経験もある柴田さんは、国内での清酒消費量の減少と、地域の過疎化を懸念していた。そこで、「柴田の酒が世界に広まれば、地元にも還元できるのではないか」と考えた。

海外、とくに先進国やアジア諸国では日本食ブームが続き、日本酒の輸出量は伸びている。そこで初めての本格的な輸出先を、親日的でアクセスもしやすい台湾に決めた。日本酒は、ワインと同じく保存方法によって品質が左右される。台湾は日本酒への理解が進んでおり、品質を落とさない適切な扱い方をしてくれることも魅力だった。

「前職では輸出関係も担当していたので、ビジネスのイメージは掴めていました。自分でも何度か台湾へ行き、手探りながらインポーターは見つけられたんですが、そこからの販路開拓ができていなかったんです。本事業なら、経営課題や今後どうすべきかまで、一緒に考えることができると思い応募しました」。

台湾での販路開拓に向けた戦略

柴田さんは現地調査に向けて、中小機構の職員や永田アドバイザーとともに、具体的な戦略を練っていった。台湾進出の主力商品として考えたのは、「生もと」「山廃」という昔ながらの製法で作った純米酒、「众(ぎん)」だ。まろやかな旨味が、味の濃い台湾料理に合うと判断した。さらに、「自然豊かな山あいの超軟水を使用」「手間をかけた昔ながらの製法」といったストーリーをPRし、付加価値にしたい。

柴田さんと永田AD (2)

柴田酒造場の柴田佑紀さん(左)と中小機構の永田アドバイザー( 右)

また、台湾には大吟醸酒が多く流通していることから、フルーティな純米大吟醸「神水(かんずい)仕込み」の販路も探ることにした。

現地での訪問先は、日本式の居酒屋や日本酒専門店など、台湾の日本酒ニーズを探りつつ、商談ができるところを中心にアポイントを取っていった。訪問先候補は、すでに取引のあるインポーター経由で出していったほか、中小機構側から大手インポーターへの訪問も提案。さらに、商品をハイエンド層に届けるため、百貨店販売のルート開拓も視野に入れた。

それと同時に、英語のECサイト作成も進めた。柴田さんが英語に堪能なことから、インスタグラムなどのSNSでは、日本語と英語を併記して投稿している。永田アドバイザーから、「SNSを単なる情報発信に終わらせるのではなく、ECサイトにつなげる導線が必要」など、WEBマーケティングについての助言も受けた。現地での販路と、WEBの双方で知名度アップを狙う戦略である。しかし、いざ現地調査に飛んでみると、日本との文化の違いに直面した。

台湾と日本の飲酒習慣の違いを知る

台湾ではまず、大手インポーターや小売店をまわり、日本酒販売の実態を聞いた。やはり、大吟醸酒はすでに多くの銘柄が進出していて、飽和状態であることが分かった。関税が40%かかることもあり、高価な大吟醸酒はギフト用に購入されることが多いという。日本酒に詳しくない人も買いに来るため、知名度の高いものが売れる傾向にあった。実際に百貨店に行ってみると、かなり古い製造年月日のものも置かれている。残念ながら、当社の目指す販売方法からは外れると判断した。

また、純米酒「众(ぎん)」を台湾料理と合わせる方向で考えていたが、台湾レストランでは食事中に酒を飲む習慣がないことが判明。現地の人は家族で台湾料理店へ行くため、飲むとしてもビール程度らしい。飛び込みでレストランを訪ねてみたが、やはり置いてあるのはビールや紹興酒で、日本酒の扱いはなかった。現地の実態を知り、当初の狙い通りには行かなそうに思えた。

しかし一方で、台北の日本酒専門店では、壁一面に日本全国の酒が並んでいた。知識豊富なオーナーが、実際に試飲して気に入った酒を販売しており、日本でもあまり見ないような酒が置いてある。店内にはビストロが併設されていて、料理と一緒に日本酒が飲めるようになっていた。

持参したいくつかの酒を試飲してもらうと、特に「众(ぎん)」への反応が良く、すぐに合う料理を調理してくれた。「オーナーが日本酒の良さをしっかり理解していて、お客さんも日本酒好きな方が多い。こういう店に柴田の酒を置いてもらいたい、と思いました」。柴田さんにとって、理想的な販売先が見つかった。

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清酒のほか、果実酒も製造している

その他、もともと取引のあるインポーターが提案してくれた飲食店も、日本酒にこだわりのあるところだった。「柴田の酒は、まだ知名度が低いので、しっかり商品コンセプトを理解してくれるインポーターの存在が不可欠です。今回、インポーターが商品を気に入って、合う販売先を探してくれたので助かりました」。台湾では、利き酒師が常駐し、料理と合わせた日本酒を提供する店も増えている。「今はまだ、食事中に日本酒を飲む習慣はありません。でも、若い人を中心に少しずつ、料理とのマッチングが浸透してきているのを感じました。チャンスはこれからだと思っています」。現地調査を終えた柴田さんは、確かな可能性を感じた。

「地元から世界へ」広がる夢

帰国後、柴田さんは台湾進出の道筋がはっきりと見えた。まずは日本酒が好きな層へ向けて、コスト的に販売しやすく、かつ味も好評だった「众(ぎん)」から売り出していく。「今回の調査で、柴田の酒をどこに向けて販売すればいいか、ターゲットが明確になりました。今回は台北を中心に回りましたが、今後は他の都市にも販路を広げていきたいと思っています」。

当社は、3年前に蔵を建て替え、最新設備で酒造りができる体制を整えた。また、地元岡崎の米「ミネアサヒ」を使った日本酒の生産も始めている。

「海外では、うちのように100年以上続く企業は珍しいと思います。伝統ある酒蔵だということと、地元の米や水で作っている酒であることをアピールしていきたい。この土地で長く酒造りができたのは、地域の人々のおかげです。今、この周辺は過疎化が進み、酒屋も廃業してしまっている。柴田の酒の知名度を上げて、地域に還元できるよう、がんばっていきたいです」。地元の日本酒を世界に羽ばたかせ、次の世代へバトンを渡すこと。若き副社長の夢は、まだ始まったばかりだ。