HIVEC(ハイベック)は、2003年に広島の地場自動車部品メーカーが共同出資して設立さらた。自動車をはじめとする輸送用機械の内外装部品のデザインと設計、試作を手がける。広島地区の部品メーカーの技術力を持ち寄り、広島地区以外のさまざまなメーカーとの取引拡大をめざして設立された、大志を背負って生まれた会社である。
順調に業績を拡大する中、海外進出したのは13年。インド南部のチェンナイにある設計会社を買収し子会社化した。15年12月にはインドネシアに子会社を設立し進出した。いずれも全額出資で、自動車部品の設計を主業務とする。今後の自動車市場の伸びが新興国に移ってくるとの見通しのもと、中期的な経営計画に沿って会社を設立したものだ。自動車関連の設計会社でインドとインドネシアの両国に拠点を持つのは同社だけという。その取り組みが注目を集めている。
印・中・インドネシアをターゲット
同社が海外進出を検討し始めたのは、「超円高」が続いていた11年のこと。日本の自動車業界でも生産拠点を海外移管する動きが相次ぎ、現地で生産する車は設計段階から現地化しようという大きな流れも起きていた。
同社はこの年に策定した、「VISION2015」と名付けた中期経営計画の中で、中国とインド、インドネシアという巨大な人口を抱えるアジアの3カ国に焦点を当て、これらが米国に次ぐ大きな自動車マーケットになると位置づけた。中国はすでに09年以来、米国を上回る世界一の自動車市場になっていた。「インドは、中、米に次ぐ第三の自動車市場になるだろう。2億人以上の人口を抱えるインドネシアも、最後の巨大市場と言われて大きなマーケットになるだろう」(清水隆司社長)という読みがあった。
一方で日本では、少子高齢化により中長期的な人口の伸びは見込めない。自動車そのものに対する若い人の関心も薄れてきている。「日本での仕事は、これから増えることはない。それに日本の企業は軒並み、この中・印・インドネシアの3カ国に進出している」(同)。こうした状況下で、中計でははっきりとこの3カ国への進出方針を打ち出した。
売上高20億円に満たない同社のような中堅企業が、こうした明確な中期的な目標を掲げて、計画的に海外展開するのは珍しいことだ。清水隆司社長は過去、車体メーカーで完成車のビジネスを手がけてきた経歴があり、自動車業界を知り尽くしている。広島の部品メーカーが共同出資して設立したという成り立ちからも、14社にのぼる株主を納得させられない経営計画は、賛同を得られない。いわば自動車業界のプロ経営者が導き出した解が、新興国への進出という経営施策だったといえるだろう。
インドとインドネシアへの進出を果たした同社だが、計画で掲げた中国での子会社設立はまだ。世界一の自動車市場となった中国で後手に回っているという印象もあるが、一方で中国経済は急成長を続けてきた後の踊り場にあり、不動産業界を中心にバブル崩壊の懸念も強い。自動車市場は今後停滞することも予測される。これについて清水社長は「中国事業には客先を絞って取り組んでいるところ。現地子会社がないとダメだということになれば検討したい。現段階では、向こうに3社ある提携先企業と連携しながら対応している」と話す。今後の検討課題として残されているようだ。
ビジネスマッチングで縁が生まれる
11年に中期経営計画を立案後、実際に海外進出を果たしたのは、13年のインドが皮切りとなった。インド南部チェンナイにあった設計会社、「リノ・グローバル・テクノロジーズ」から事業譲渡を受けて進出した。旧リノ社は約30人のエンジニアを抱え、自動車だけでなく様々な機械関連の仕事をこなしていた。経営実態としては個人経営に近いものだっただけに、リスクを考えて企業買収という手段を取らず、新たに完全出資の子会社「ハイベック・リノ・テクノロジーズ(HRT)」を現地に設立し、同社で事業を譲り受けるという形をとった。
チェンナイのあるタミル・ナードゥ州と広島県は10年に経済交流協定を結び、人的交流を進めていた。HIVECは日本貿易振興機構(JETRO)などが設けたビジネスマッチングの場を積極的に活用する中で、現地への知見や人的なつながりを深めていった。「ミッションで向こうに行ったときにご縁ができた」と清水社長は振り返る。
それまでもインドとは、トラクターやスポーツ多目的車(SUV)を手がける大手メーカーのマヒンドラ&マヒンドラと一部取引があったというが、あくまで主力市場ではなかった。約13億人の人口を抱える大国インド。だが1人当たりGDPは約1600ドル(14年)にとどまっており、経済成長と自動車の普及という面ではやや力不足。しかし、スズキ子会社のマルチ・スズキをはじめ、ホンダ、トヨタ自動車、日産自動車と、日系メーカーはそろって現地向け車両に力を入れており、これからの潜在成長性は高い。未来の可能性に富んだインド進出という目標を、周囲とのつながりを深める中で形にしていった。
インドネシアへの進出を決めたのも、11年に立案した大きな中期的目標に沿ったものだ。15年12月に、資本金25万ドルを全額出資し、首都ジャカルタの東部に位置するブカシ県チカラン市に「ハイベック・デザイン・デベロップメント・インドネシア(HDDI)」を設立した。
インドネシアの1人当たりGDPは、約3500ドル(14年)。インドよりは高いものの、約7600ドル(同年)の中国にもおよばず、発展途上国の域を脱していない。ただ、約2億5000万人と世界第4位の巨大な人口を抱える点が魅力で、やはり大きな潜在的成長性を秘めている。また、インドネシアは知る人ぞ知る日本車王国。市場の9割以上を日本メーカーの車が占めている。中でもHIVECが進出を決めたブカシは自動車と関連部品メーカーの工場が集中的に立地し、インドネシアのデトロイトのような様相を呈している。顧客開拓に当たるには効率的な拠点だと言える。当面はインドネシア子会社を営業拠点として、現地の仕事を掘り起こし、顧客拡大につなげる考えだ。「日、印、インドネシアの三極体制ができた。これを生かして受注を拡大していきたい」と清水社長は意気込んでいる。
日・印・インドネシアでの分業体制確立へ
13年5月、買収当時の旧リノ社は約30人のエンジニアを抱え、自動車に限らず機械など現地のまざまな業界から設計業務を受託していた。買収後すぐの6月、買収の受け皿として新たに設立したHRT社にエンジニアが転籍。直後に日本語の研修を始め、その年の9月には、第一陣となる6人のエンジニアを日本に呼び寄せている。「言葉と設計技術を学んでもらうのが目的。設計技術を覚えるにも3年はかかる。最初は苦労したがようやく育ってきた」と清水社長は述懐する。
HRT社の現在の陣容は、日本にいるエンジニアが13人、インドにいるエンジニアが26人の計39人体制。日本では自動車部品、インドでは主に生産設備の治具の設計を手がけており、日本では客先に常駐するオンサイトの形でも働いている。現段階では、日本にいるエンジニアは日本の仕事を、現地エンジニアは現地の仕事を主にこなしている。徐々にインドの自動車会社からの受注を増やしていく計画だ。
インド人エンジニアの特性について清水社長はこう話す。「数字には強く、CADやCAEのソフトウエアを使いこなしてデータを作るのはうまい。ただ、なぜそういう設計になっているのかといった意味を理解するのは時間がかかる」。ただの受託作業ではなく、付加価値の高い設計そのものの工程を手がけられるようになるのは、そう簡単なことではないようだ。
一方、インドネシアのHDDI社では、設立したばかりということもあり、現在は現地法人の日本人社長とセールスエンジニアという少人数の体制で業務をスタートしている。営業拠点との位置づけで、現地日系メーカーからの受注を獲得し、受けた仕事は日本やインドでこなす体制を取る。また、現地資本の部品メーカーに対して、品質向上などの目的で、設計現場の支援をする仕事も受けているという。日・印・インドネシア、3カ国におよぶ国際分業体制の確立に向けて、同社はまさに歩み出したところだ。
こうした分業体制が確立できればメリットは大きい。追い風になりそうなのが、日本で技術系人材が不足していることだ。日本では、受注拡大に向けて人員の増強を図りたい一方で人材が採用できないのが目下の悩みだという。特に自動車部品設計の経験を持つ、即戦力になりそうな人材は不足している。「広島という土地柄からか、Uターンを希望する人も多かったが、それでも最近は人が採用できなくなっている」(清水社長)という。インド人社員の早期戦力化がかなえば、競合他社に対するアドバンテージにもなり得る。
インド社員のスキル向上急ぐ
今後は、先に述べたように日・印・インドネシアの三極体制を早期に確立し、軌道に乗せていくことが課題となる。日本やインド、インドネシアで受託した仕事を、それぞれの国でこなし、負荷に応じて割り当てられるような柔軟な体制づくりにつなげていく。そのためにもまずは、インド社員のスキル向上を急ぐ必要がある。
現状でも同社の受注形態は、エンジニアを送り出して客先で業務に当たるオンサイト型が3割、仕事を持ち帰る受託型が7割と、自動車業界向けに設計を手がける会社としては受託型が多いのが特徴。それは独自の設計水準や管理の体制が認められている証だといえる。その管理能力を生かして、海外の設計能力や営業能力を拡大していけば、「新しい顧客を開拓する」という会社設立時の本来の目標を達成することにもつながる。
同社は設立以来、顧客開拓に取り組む中では、鉄道車両や農機など、自動車業界以外にも顧客を広げてきている。特に鉄道車両は、4-5年でモデルチェンジする自動車業界と違って更新の間隔が長いため、自動車業界の三次元CADを使う設計手法や、短期で開発する管理手法を当てはめたことで評価され、受注拡大にもつながっているという。海外拠点拡張による事業エリアの拡大と併せて、こうした自動車以外への顧客業界の拡大を進めることにより、経営の安定性を高め、有力設計会社としての評価をさらに確立していきたい考えだ。
綿密な計画と人的ネットワーク
同社の海外事業の特徴は、中期的な計画に基づいて戦略的に拠点を拡大していったことにあるだろう。円高でどうにも首が回らないからといった、場当たり的な対応とは正反対に位置する。海外事業の心構えについて清水社長は「まずは市場がどうなるかをよく把握して、自信を持った上で進出すべきだ。あとは、決断を速くすること。当社もただ単に出たのではなく、事前にいろいろと検討して、見極めをつけた上で進出した」と振り返る。
また、進出を決めるうえではさまざまな支援ネットワークの活用が役に立ったという。JETROや広島県、中小機構などの行うセミナーやイベントに積極的に参加することで、人脈が広がり情報が得られやすくなる。実際に現地に進出した経験を持つ日本企業にも、積極的に話を聞きに行ったという。
人脈が広がった結果、思いもよらないこともあった。15年秋。インドネシア中小企業省の副大臣が広島にやってきた際に、副大臣が現地の自動車部品メーカー関係者を連れて、わざわざ広島県東広島市の同社本社まで訪問してきたという。
「日本でも向こうでも人的ネットワークを広げてきて、そのことがいろいろな障壁を乗り越えるのに役だった」と話す清水社長。副大臣の訪問は、同社が培ってきた人的ネットワークを象徴するような出来事となった。
プロフィール
株式会社HIVEC
所在地 広島県東広島市西大沢2-1-21
設立 2003年
資本金 2億6250万円
従業員数 165人
事業内容 自動車部品の設計・製造
電話 082-490-0700
FAX 082-490-0710
URL http://www.hivec.com/
公開日:2016年 4月 28日
タグ:
ページコンテンツ
- 印・中・インドネシアをターゲット
- ビジネスマッチングで縁が生まれる
- 日・印・インドネシアでの分業体制確立へ
- インド社員のスキル向上急ぐ
- 綿密な計画と人的ネットワーク
- プロフィール
- Related Posts
- 企業事例3 EU販路開拓の取組事例 夢元無双
- 企業事例4 EU販路開拓の取組事例 MISOKA
- 「海外市場に活路を見出す西陣織の機屋4代目夫妻の挑戦」- 岡本織物株式会社(京都府京都市)
- 「静岡県産の有機栽培茶をヨーロッパの人々に届けたい」 – 株式会社おさだ製茶(静岡県周智郡森町)
- 「海外との競争の中でMADE IN JAPANにこだわりヒット商品を生み出した玩具メーカー」 ‐ 株式会社オビツ製作所
- 「海外の展示会への出展がブランド強化につながる」 ‐ 米富繊維株式会社
- 「新市場開拓と日本式理容に従事する人材育成のためベトナムへ進出」 ‐ 有限会社銀座マツナガ
- 「日本のハムや和牛のおいしさをベトナムに、さらに東南アジア全体に」 ‐ 株式会社シェフミートチグサ
- Related Posts