海外展開では、契約書を読むのも一苦労。化粧品・ファッション・食品をはじめ、さまざまな日本企業のニューヨークにおける小売業務展開をサポートしているニューヨーク在住の弁護士・内藤博久さんにアメリカの状況と契約のチェックポイントを伺いました。
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中小企業の海外展開は「契約型」がほとんど
海外展開の形態は、大きく「拠点型」と「契約型」に分けられます。「拠点型」は、たとえば現地法人を設立したり、現地でレストランを経営するなど、ローカルに根差して自分たちで人も雇うようなかた
ちです。
対して「契約型」は、代理店やオンラインを活用したビジネスなどで、販売の委託先を見つけて契約さえすれば、日本にいながら、海外展開できます。
契約型で海外進出する際、企業さんがまず気にするのは、現地の輸入規制や「実際に商品が売れたら税金はどうするの?」「どうやって申告をするの?」といった会計士の専門分野についてです。その後、エージェントやディストリビューターを雇う際に、契約書の内容確認や交渉のため、弁護士が呼ばれるケースがあります。
アメリカの場合、ビザの取得や会社の立ち上げ、知的財産権、商標権、特許、著作権、人事関係など、それぞれに弁護士が専門化されているため、1人の弁護士ですべて事足りるわけではなく、そのつど、適切な弁護士とコンタクトをとる必要があります。まずは、日本の公的機関の海外事務所などに問い合わせてみるとよいでしょう。
法的トラブルを回避するための契約書のチェックポイント
ウォルマートなどの大手リテールストア(小売店)と取引をすると、オンラインで700ページ以上にもわたる契約書(ベンダーフォーム:Vendor Form)が送られてきます。どのベンダー(製品の供給会社)に対しても同じフォームを使いまわすため、あらゆるジャンルの商品や免責事項を想定して、ものすごい量になっているのです。
とても読みきれないので、「まあ、いいか」と読まずにサインしてしまう中小企業さんが多いのですが、なかにはベンダーが必ず守らなくてはいけない項目があるので、自社の取引に関連する部分だけは、必ず探し出して確認してください。
たとえば、「ラベルのつけ方」や「納期」「納品方法」などの基本ルールは正確に把握しておかないと、いきなりペナルティをとられて「えっ、聞いてないぞ?」「いや、契約書に書いてある」という話になります。
もっとこわいのは、「訴訟リスク」です。たとえば、子ども用玩具をウォルマートに卸し、その製品でちょっとした事故が起きてしまった場合、ウォルマートが消費者から訴えられてしまう可能性があります。
そのためウォルマートの場合はベンダーに対し、「第三者機関に頼んで使用テストをしてもらい、安全だという証拠を、必ず英文ですぐに提出できるようにしておいてくださいね」といった条項を細かく契約書に盛り込んでいます。それをクリアしていないと、いざというとき、小売が受けた損害の他に、Reputation Risk(信頼性の毀損)に対する賠償も求められる可能性があります。Reputation Riskや機会損失などの損害については、ベンダーはできるだけ削除または補償の軽減をする必要があります。
「キャンセル権」や「最恵国待遇条項」も要チェック
相手方からの「キャンセル権」の発動条件の確認も重要です。大手リテールストアの場合、一方的なキャンセル権を契約に盛り込んでいるケースが多く、こちらはその条件を知っておかなければなりません。
キャンセル可能なタイミングも確認してください。たとえば、「オーダーが確定した瞬間からキャンセル不可」であればこちらにとってうれしい条件ですが、「シッピング(Shipping:船積み)後はキャンセル不可」だと、発注に対応して製造しても、貨物船に乗せるまでは理由なくキャンセルできてしまうということなのでかなり厳しいです。
「最恵国待遇条項(Most-Favored-Nationclause)」が入っている契約書も多いですね。これは、「当社に卸した価格よりも、安い値段で他者に売ってはならない。もし安く売ってしまった場合は契約違反なので、差額を当社に返金しなさい」というような内容で、同時に2~3社に話を持っていって違う数字を見せるビジネス行為そのものがNGになってしまいます。
日本人からするとびっくりで、弁護士に指摘されて、「えっ、ダメなんですか!」と動揺する方が多いのですが、海外で商習慣が違うのはよくあること。こうした条件をよく理解して契約書にサインしないと、思わぬトラブルの元です。
ディストリビューターやエージェントとの契約では
エージェント契約の際に気をつけなければならないのは、まず「契約期間」、そして「独占的契約か、非独占的契約か?」という点です。
アメリカの場合、独占的エージェントに任命してしまうと、そのエージェントが見つけてきたバイヤーではなくても、テリトリー内で販売したらエージェントにコミッション(斡旋料)を支払わなければなりません。また、信頼関係が築けなかったときのエグジット(出口)対策として、ノルマなどの継続条件を明確にした解約可能な契約にしておくと安心でしょう。
ディストリビューターの場合は、初回取引量、年間取引額、支払方法、販売地域など、取引条件の初期設定が重要です。独占契約を要求された場合は、必ず年間の最低取引額、取引量を設定してください。支払いについても、納品前の支払条件にするなど回収リスクを少なくするための工夫が必要です。
また、ディストリビューターが持っている現地のお客さんとのネットワークを吸い上げることも重要なポイントになります。というのは、ディストリビューターは最初こそありがたい存在なのですが、現地で商品の知名度が上がり、「自分たちで直営店をつくりたい」という段階になると、利害が一致しなくなって喧嘩別れになる可能性があるからです。ドライなようですが、最初から離れることを見据えた契約にしておいたほうがいいですね。
中小企業の海外進出で起こりやすい訴訟は
訴訟リスクは、契約型よりも拠点型のほうが、ぐっと身近になりますが、ビジネスの規模や商品の内容によっては、契約型であっても注意が必要です。
日本企業の場合、まずアメリカでの人事雇用関係の法律を知らないために問題が起こります。さまざまな人種、いろんな価値観の人がいる国なので、差別訴訟など、日本では馴染みのないトラブルに巻き込まれやすいのです。
しかし、アメリカは訴訟社会なだけに、あらゆる問題が保険でかなりカバーできます。保険に入ることは重要で、これはある意味最低限やっておくべき法的リスク対応です。
先ほどの例でいうと、自社製品のことで販売店が訴えられた場合、自分たちが加入している保険で販売店を守れるようにしておく必要があります。契約書にも、保険の加入義務が明記されています。そのため、アメリカでビジネスをしている多くの人たちは、賠償責任保険(GL保険:General Liability Insurance)に入っています。
大手の契約書から学び有利な契約を結ぶ
おもに大手との取引についてお話ししてきましたが、実際には小さなリテールストアとの小規模な取引から海外進出の足がかりをつかむことが多いのではないでしょうか。
小さなリテールストアの場合、契約書にペナルティ条項が少なく、極端な場合、契約書そのものが存在しないケースもあります。そのため、キャンセル条件などに関しても、売り手側の考え方を通しやすくなります。
しかし、「返品」と「売れ残り」の取り扱いについては要注意です。大手の場合、そうしたルールも明確化されていますが、小さなリテールストアの場合、ある程度アッパークラスに向けて販売していたものでも、売れ残るとディスカウントストアなどに流れてしまうケースがあるのです。廃棄されることになっていればまだいいのですが、ディスカウントストアに流れてしまうとブランド価値が崩れてしまいます。
ですから、売れ残ったらどうするのか、自分たちで買い戻せる手段はあるのかなどを、あらかじめ確認しておかなければなりません。大手が自分たちに有利な万全の契約を突きつけてくる一方で、小さなところは逆にこちらが知識を持って取引に臨まないとまずいのです。
そのために、じつは大手の契約書を読むのが、すごく勉強になります。そのまま活用するのではなく、そこに書かれている逆のことを考えてみると、売り手側にとって条件的に有利な契約を結ぶことができるのです。たとえば、「オーダーフォームが入った瞬間にキャンセルできなくなる」という一文を入れておくと、非常に安心なわけです。
日本の中小企業の参考になりそうな契約書としては、アメリカのアパレルメーカー、アーバン・アウトフィッターズ(UrbanOutfitters)のものがおすすめです。ウォルマートだと取引規模が大きく契約書の内容も細かいのですが、アーバン・アウトフィッターズレベルの契約書であれば、実際の取引で目にする企業は多いのではないでしょうか。機会があれば、一度読んでおくといいかもしれませんね。
事例:アーバン・アウトフィッターズの契約書
〇注文の確定やキャンセルに関する条項
注文の確定条件や、ベンダー側に非がある場合にはベンダー負担で返送すること、納品までの間はキャンセル可能であることなどが書かれている。
〇補償(Indemnification)に関する条項
小売が商品を販売することで何らかの損害が生じた場合(そしてその原因がベンダーにある場合)、小売に生じた損害(弁護士費用を含む)を補償する義務が書かれている。ここに保険加入義務なども記載されている