ファッション業界で長年プロモーションやブランディングに携わってきた新谷 誠さん。公的な海外進出促進プロジェクトにディレクターとして携わり、日本のクリエイターの海外展開をサポートしています。

世界を目指すなら「パリ」
公的機関の支援制度の活用を

ファッションの場合、世界各都市のファッション・ウィークの時期はほぼ固定されており、ニューヨークからはじまって、ロンドン、ミラノ、パリ、東京、韓国、中国の順で開催されます。
世界に出て行くならば、やはりパリが一番重要でしょう。なぜなら、もっとも世界各国のバイヤーが訪れる都市だからです。ヨーロッパ中のバイヤーはもちろん、アメリカやアジアからも集まってくるのがパリ。逆に、ヨーロッパのバイヤーがわざわざアメリカに行くということはあまりありません。
しかし、パリのトレードショー(展示会)に出展したり、現地でイベントを行うのは、とてもお金がかかります。しかも単発ではダメで、せめて3回は出展を続けなければと言われます。
これはなぜかというと、春夏のコレクションの次に秋冬を出し、また春夏を出すというタームが、3回目でちょうど1周するためです。そして、同じ展示会のなるべく同じ場所でアピールすることで、バイヤーに覚えてもらいやすくなります。
そこで、私が所属していた伊藤忠ファッションシステム株式会社では、資金面では公的機関の支援プログラムを活用しながら、日本のファッションクリエイターの海外展開をサポートしてきました。2014年からは東京都のTOKYO FASHION AWARDプロジェクトや中小機構のtokyo eyeプロジェクトに企画段階から携わり、公募で選ばれた才能あるクリエイターを海外に送り出しています。

いま、発信のトレンドはトレードショーよりショールーム

TOKYO FASHION AWARDプロジェクトでは、東京の旬なファッションブランドを選定表彰し、パリに開設した「showroom.tokyo」という専用のショールームで世界のバイヤーにブランドを紹介しています。パリの場合、ファッション・ウィーク期間内の1~2週間、現地のギャラリーなどで、数多くの期間限定ショールームが設置されます。その際も、なるべく3回以上、同じギャラリーを借り続けることが重要です。
なぜ、トレードショーではなく、ショールームで発信する戦略をとったかというと、近年「パリシュールモード(Paris sur Mode)」「プルミエールクラス(PREMIERECLASSE)」といった大きなトレードショーはブースの数が多くなりすぎて、バイヤーが前を素通りするだけだったり、トラフィックは多くても商談に至らないといったケースが気になっていたからです。セオリー通り3回は続けて頑張ってもなかなか覚えてもらえないし、成果につながりにくくなってきたのです。
バイヤー側からも、5年ほど前から「トレードショーより、ショールームを見てまわったほうがいい」という声が出始めていました。なぜ、ショールームがバイヤーにとって魅力的なのかというと、ショールームにはそれぞれアイデンティティがあり、美意識の高いオーナーの基準に合わなければ作品を扱わないような厳しさがあるからです。そして、「ストリート系に強い」「エレガント系」といった特徴があるため、バイヤーが求めているものにスムーズに出会いやすいのです。
トレードショーも元はそういうもので、たとえば「トラノイ」は、いまでもオーナーが設定した厳しい審査基準をクリアしなければ出展できません。しかし大きなトレードショーになればなるほどそうした基準は緩くなり、これまでは「なんでも来い!」という面白さがあったのですが、現在は再び小規模で特徴を出していく傾向にあります。
つまり、海外進出にもトレンドがあるということです。時代の流れを知らないと、いまどこに出たら効果的なのかがわかりません。それを知るにはやはり、現地に行って感じてもらうのが一番です。我々のまわりでも、自分の目でパリを見て、「1シーズン目はトレードショーに出展しながら同時にショールームを探す」という手法を選ぶデザイナーや企業が増えてきています。

トレードショーを有効化するディスプレイとSNS活用

しかし、多くのバイヤーの目に触れるにはやはりトレードショーが最適です。ただ出展するだけでは埋もれてしまって成果は望めませんが、きちんとバイヤーの目を引く工夫をすれば有効です。
まず、日本のデザイナーは、モノトーンで静かでミニマルな作品が多いのですが、トレードショーの場合、カラフルなものや柄がはっきりしたものを打ち出したほうがよいでしょう。人がどんどん流れていくため、瞬間的にぱっと目につくプレゼンテーションが重要です。
また、いまのバイヤーたちはInstagramをチェックしており、そこで目星をつけてからトレードショーやショールームをまわっています。出展する2ヵ月前、遅くとも1ヵ月前には、Instagramでブランドイメージやサンプル画像をどんどん発信するようにしてください。
企画立案やサンプル生産を行う時期を、現状よりかなり前倒しにする必要もあります。東京のファッション・ウィークは3月と10月なので、そこを目指してサンプルをつくるリズムの人が多いのですが、パリに行くならもう1ヵ月早くサンプルができていなければダメです。ましてやInstagramで発信しようと思ったらできるだけ早く……、秋冬シーズンの2月末のパリに出るなら、12月末にはサンプルができあがっていないと厳しいですね。

市場のトレンドに左右されない独自の「世界観」こそ信頼される

世界市場ではブランドの「世界観」がなにより重視されます。日本市場はトレンドによってころころテイストが変わりますが、世界で闘っていくなら、「私のブランドはこうですよ」という特徴を貫き、すくなくとも出展する3シーズンは同じテイストで打ち出さないと信頼されません。「ああ、トレンドを追いかけているブランドか」と思われてしまうのですね。
ですから、国内でビジネスをする以上に、アイデンティティを意識し、独自のクリエイティビティを打ち出す必要があります。そのために重要になるのがブランディングです。
我々の場合、ブランディングはまずブランドの「キーワード」から考えていくことが多いですね。テーマワードやコンセプトワードとも呼ばれるのですが、たとえば、「シンプル」「ハイクオリティ」というような複数のキーワードでイメージをくくっていくとコンセプトが明快になり、「こうありたい」という世界観がはっきりしてきます。
そして昔からあるのが、ブランドの世界観をあらわすイメージ写真です。さまざまな写真をコラージュして世界観をあらわす手法が、もっともよく使われます。自然をテーマにするブランドでも、山の写真を集めてくるか、海の写真かでイメージは大きく変わりますよね。ビジュアルでわかりやすく世界観を表現し、ブランド内で共通認識をもっていくわけです。
こうしたブランディングマニュアルを作成しておくと、外部関係者とのコンセンサスをはかるのにも役立ちます。たとえば、広告代理店に広告制作を依頼する際にそれを見せれば明快なディレクションとなり、ブレがありません。逆に、ロゴマークひとつとっても、先にルールを示しておかないと、メディアで使用する際に勝手に色を変えられたり、反転されてしまう場合があります。

理想の姿と現実とのギャップを埋め続けていくのがブランディング

ブランディングマニュアルは、いわばバイブル的な、迷ったら必ずそこに戻ってくるというものです。世界のラグジュアリー系ブランドは、膨大なブランディングマニュアルを作成して世界観の維持に努めていますし、日本の小さなブランドでもその重要性を理解して、きちんと取り組んでいるところもあります。
しかし、「ものづくりはできるけれどブランディングがわからない」という中小企業は、まだ多いですね。自分たちがどういうアイデンティティをもっていて、なにがしたいのかという自己分析が曖昧なため、せっかく良い技術を持っていても評価されないもどかしさがあります。
これは私の持論ですが、ブランディングとは、まず自分がこうありたいという理想の姿を先にイメージし、そして「いまはどうなんだろう」と現状分析して、そのギャップを埋めていこうと努力し続けることではないかと思います。そこがブレると、「どこに行くのかわからない」ということになってしまいます。

写真提供:TOKYO FASHION AWARD(「MODEM」の紹介写真を除く)