民間企業での経験や中小企業診断士のノウハウを生かし、開発途上国の振興に尽力するJICA職員の飯田 学さん。中小機構で国内の中小企業支援に携わった経験もあります。途上国の実情を知る立場からODAを活用した民間企業の海外展開について伺いました。
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「視点」を変えることで途上国支援のビジネスになる
JICA(独立行政法人国際協力機構)では、ODA(Official DevelopmentAssistance:政府開発援助)を活用した海外展開を目指す中小企業への幅広い支援メニューを提供しています。対象国は世界中の開発途上国、主にアジアでは東南アジアの他、南アジアや中央アジア、アフリカの国々や中東、中南米などです。
ODAを活用した海外展開と聞いても、自社には関係がないと思われるかもしれませんが、じつはビジネスの「視点」を変えることで多くの中小企業がODAを活用して海外展開できる可能性があります。
たとえば、途上国でも今後、富裕層を中心にペット医療の需要が高まるかもしれませんが、だからといって「犬猫用の医療ツールを途上国で売りたい」と言われても、途上国支援の観点では「まず人間が先でしょう」となり、我々はお手伝いすることができません。でも、たとえばその販売に際して、「現地の女性が活躍できるビジネスモデルを構築する」ということであれば、途上国の女性の自立支援につながるので、我々がお手伝いできる案件になりえます。
菓子メーカーであれば、たとえば「栄養価の高いお菓子を栄養失調の子供たちがいる国の学校給食に取り入れてもらいたい」といった視点で商品開発や販路拡大を進めるのであれば、お手伝いができます。低コストで子供たちの健康状態が良くなったり、いままで学校に来ていなかった子供たちがそのお菓子を楽しみに学校に来るようになれば、途上国支援になりますよね。
こんなふうに視点を変えて知恵を絞れば、じつはどんな企業でも海外展開できるんじゃないかなと僕は思っているんです。JICAにはODA活用のノウハウを持つコンサルタントが多数在籍していますので、まずは自分たちの製品や技術が、途上国の社会経済の課題解決にどのように貢献できるかについて、気軽に相談していただくのが一番いいと思います。
視点を変えればチャンスが見える!「普及・実証事業」支援例
独自のタコ加工技術でインドネシア水産加工業を支援
ODAを活用した海外展開事例で僕が印象深いのは、日本一のタコ加工工場を持っている茨城県の水産加工会社・株式会社あ印の事例です。タコを茹でるノウハウで一体どんな途上国支援が可能なのか、ちょっと想像がつかないと思いませんか?タコを食べる習慣のある国も少ないはずです。
ところが、相談を受けてすぐ経験豊富なコンサルタント企業から「サポートしたい」と要望が入り、その年のインドネシアでの「普及・実証事業」に採択されました。じつはインドネシアでは、地方の漁場でシマダコが獲れたのですが、好んで食べる人がいなかったため獲る人がいませんでした。しかし、首都ジャカルタには海外からの観光客も多く、タコを食べたいという需要があったのです。そこであ印さんは現地でシマダコを買い付けて加工し、それをジャカルタへ運ぶ冷凍輸送システムを構築。貧しかった漁民たちの収入向上につなげました。
このように現地の「収入向上」や「物流の改善」につながれば、どんな意外な製品にもチャンスがあります。あ印さんは最初からインドネシアをターゲットにしていたわけではありませんが、各地の情報に詳しいコンサルタントに出会うことで進出国が決まりました。また、JICAの「普及・実証事業」は事業経費が1 件あたり最大1.5 億円と高額なのも特徴で、現地に新たなニーズを生み出すようなスケールの大きな事業展開も可能なのです。
その国の「課題」にビジネスのヒントがある
ODAを活用する場合、市場のニーズよりも、その国の「開発課題」からビジネスを考えてみることが重要です。たとえば、水の浄化装置を持っている企業がマレーシアに製品を普及させたいと働きかけましたが、うまくいきませんでした。安全な水が飲みたいというのは世界中の人々の願いですが、いまマレーシアではそうしたベーシック・ヒューマン・ニーズ(BHN:人間生活にとって最低限かつ基本的に必要とされるもの)よりも貿易投資促進のほうが「課題」であり、優先順位が高いからです。
逆に、国の課題をうまくとらえて大きなビジネスに発展した例もあります。店舗のキャッシュレジスターを製作している株式会社ビー・エム・シー・インターナショナルは、当時、従業員10人以下の中小企業でしたが、途上国では脱税や汚職が横行して税金が正確に徴収されていないことを知り、レジの販売データを国税庁のサーバへ直接送信する「VAT(付加価値税)徴税システム」を開発しました。これは一日の売上やVATデータをその日の内に国税庁のデータセンターに送る仕組みで、携帯電話がつながる所であれば設置可能です。
このシステムをJICAの「途上国政府への普及事業」を活用して東アフリカのモザンビークでトライアルを行ったところ、高い効果が認められました。
その後、ブルキナファソ、マダガスカル、ジブチ共和国との契約に至り、同社の製品はアフリカ中に広まっています。
海外ボランティアで人材育成しながら足がかりを掴む
「うちの製品はカンボジアで売れるかも」と思っても、大抵はカンボジアに人脈がないし、カンボジア語がわかる社員もいませんよね。そもそも海外ビジネスを任せられるグローバルな人材がいないという中小企業が多いのではないでしょうか。
中小企業の社長さんは「人がいなけりゃ俺が行く」となりがちなのですが、社長が海外にかかりきりになって国内の経営が疎かになっていては本末転倒です。いなければ「育てる」しかありません。
その点においてJICAの青年海外協力隊は非常に良いスキームで、参加した若者たちは途上国でのボランティアを通じて国際感覚を身につけ、生まれ変わったように成長して日本に戻ってくるんですよ。ただ、期間が2 年と長く、とくに中小企業勤務の方は会社を辞めて参加してくるケースが少なくありませんでした。休職制度そのものがなかったり、あっても活用できない事情があるわけです。しかしそれでは個人の負担が大きく、企業にとってもせっかく海外経験を積んできた人材を活用できなくなってしまいます。
そこで青年海外協力隊を企業向けにアレンジした「民間連携ボランティア」という支援メニューをつくりました。この仕組みでは、企業からのリクエストを元にJICAが相手国と相談し、企業が派遣する人材に合わせた職種を形成します。いわばオーダーメイドで海外ボランティアをしていただくわけです。
さらに派遣前には70日間にわたる丁寧な事前訓練で現地語学や活動手法、安全管理等を学び、ボランティア期間の給与もJICAが負担します。派遣された社員は、途上国に貢献しながら人脈づくりや現地のニーズの確認をすることができ、言葉もわかるようになるため、会社が現地に進出する際の足がかりをつくることができるというわけです。
実際、活用後は現地法人の責任者や現地一号店の店長として活躍されている人が多いですね。すこし時間はかかりますが、資金面でも社員の精神面でも負担が少なく、確実な方法だと思います。
仕事で社会貢献できる喜びはやる気があるから実現できる
JICAの窓口にご相談いただくとわかるのですが、「調査」「販路開拓」「事業実施」「人材育成」「情報収集」に貢献できる、海外ビジネスに関するさまざまな支援策が充実しているので、あとはやる気だけ。
だからこそ、支援に頼るのではなく、支援を受けて「絶対にビジネスを成功させてやる」というガツガツした気持ちがないと、結局は困難を乗り越えられないんです。
まず、腰が重いのはだめですね。コンサルタントを紹介させていただいたのに、数週間経っても「あ、まだコンタクトもしてません」というような企業は、失礼ながらお手伝いしても上手くいかないと思います。本来の業務で忙しいのは理解していますが、もっと意欲的で貪欲な企業にODA活用をしてもらいたいですね。
1万円札の原材料になるミツマタの栽培をしている株式会社かんぽうは、いまネパールでもミツマタ栽培に挑戦していますが、そこの社長がすごく嬉しそうに僕に話してくれたことがあるんです。
「飯田さん、僕はもちろんビジネスとしてネパールに関わってるけど、なにが嬉しいって現地の人たちから感謝されるのが嬉しいんだ」と。
ネパールでは子供たちの人身売買が深刻な問題なのですが、かんぽうさんが活動している村では、もう何年も人身売買がないのだそうです。社長がそこに働ける場をつくったから、人身売買がなくなったんですね。そのことを村の人たちに感謝されて、「僕はそれが一番嬉しかった」としみじみ噛みしめている。自分のビジネスと存在、そして仕事の意義や社会貢献をミックスして仕事ができるって素晴らしいことだし、それがあるからこそ社長さんたちは懸命に販路開拓をするんですよ。「販路開拓ができればもっとビジネスがうまくいくし、現地の人たちのためになるから」と。こんな熱い思いで海外市場開拓に挑んでいる中小企業がたくさんあることをもっと知ってほしいし、僕たちもそれを支援したいと思っています。
ODAを活用した民間企業の海外展開支援事業
長年の政府開発援助(ODA)の実施で得た強み(途上国政府とのネットワークや信頼関係、途上国事業のノウハウ)を最大限に活かし、企業の方々の海外展開を支援しています。