中小機構とINPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)は2022年3月に連携協定を締結し、双方の強みを生かして、中小企業等の経営・知的財産支援の強化に取り組んでいます。
INPITの海外展開知財支援窓口 では、海外駐在及び知的財産実務の経験が豊富な民間企業出身の海外知的財産プロデューサーが中小企業の皆様からの知的財産全般の様々な相談に無料で対応しています。
「INPIT通信」では、中小企業が海外展開するうえで知っておくべき知的財産のポイントについて、INPITの海外知的財産プロデューサーに解説していただきます。
目指すのは支援先の自立
INPITの海外知的財産プロデューサー事業のキーワードは「転ばぬ先の杖」で、支援先が海外事業で「失敗しないように準備する」、「用心していれば失敗しない」ために支援していますが、目指すのは「支援先の自立」です。
自立への取組姿勢を、1.契約と2.外部専門家の切り口で支援先のエピソードも交えてご紹介します。
1-1.契約交渉
外国パートナーから契約案を受け取った支援先に「これは直していいんですか?」と聞かれて驚いたことがあります。交渉事は経緯や力関係を抜きにはできませんが、お互いが主張するプロセスを経て着地点を探すのは国内外共通です。
支援先で感じたこの驚きと違和感。丁寧な根回しや価値観、商慣習を共有できる日本ならともかく、外国相手では主張しないのは主張がないのと同じです。
まず自社の方針を準備しておく、そしてケースバイケースで主張すべきは主張し落としどころを探る姿勢が大切と思います。後々契約解釈等で揉めたときにはこのプロセスが大事になる場面もあります。
(立場は違いますが同様の見方の記事がありましたので、興味のある方は次の資料をご参照ください。)
東京弁護士会「外国人弁護士は語る」LIBRA Vol.16 No.12 2016/12
1-2.自前の契約書案
そもそも相手の契約書案は相手有利が当然で降りしろ(交渉で取下げたり譲歩してもいい部分)とかいろいろ仕込んであるのが普通です。最初から不利な状況なので頑張って交渉しても五分に戻すのは難しいと思います。
まずは日本語でいいので自前の契約書案を持つことで、方針を整理し具体的に示す準備ができます。
外国企業との契約は通常英文や中文で、国内契約に比べて枚数も圧倒的に増えますので負担感は大きくなります。英語が使えるに越したことはありませんが、それより中身、あとは機械翻訳や外部専門家(後述)の力も借りてなんとかなります。
ある支援先では、社長さんがインターネットで英文契約の規定を探して編集したレター形式の契約書を外国パートナーと結ばれていました。相手との交渉も粗削りな英文のメールでしたがとにかく交信が早く、相手と信頼関係をしっかり作っておられるのにまず敬服。
知財関係の契約改定を助言し関係者一丸で支援しましたが、改定交渉も順調に進みました。社長さんのこの姿勢が原点だと改めて思いました。
2-1.知財権の外国出願と外部専門家
外国で特許や商標を出願して権利をとるには通常外国代理人が必要になります。外国の弁理士や弁護士を知っている場合は稀で、任せられる外国代理人をどう探すかが課題になります。
よくあるのは国内代理人事務所のネットワークを使う方法で、外国の知人に紹介してもらう場合もありますが、いずれにせよその力量やコストパフォーマンスを判断するのが難しい。
ある支援先が外国出願手続きについてハブになっている国内代理人事務所に質問したところ、(実質外国代理人に丸投げ状態で)答えをもらえないことがありました。
外国出願は大事な一歩ですがあくまで出発点、各国知財庁の審査を経て権利をとってこそ事業に効果的に生かすことができます。
外国出願手続きをしっかり把握しようとする支援先の姿勢は立派で、できる範囲で審査手続きの意味を解説しましたが代理人の領域まで立入ることは出来ません。適切に対応できる国内代理人事務所の選択が望ましい対策ですが恐らく費用は増えると思います。
外国商標出願にはマドリッドプロトコルという手続きがあり、知財の国際機関である世界知的所有権機関(略称WIPO)で出願手続きをして登録したい国を指定すれば、各国で一定期間内に審査される便利な制度です。各国審査で問題なく登録されれば前述の外国代理人を使わず済むのですが、何らかの理由でその国の知財庁との対応が必要になると外国代理人が必要になり慌てることになります。
中国で不正商標出願され対策を余儀なくされる支援先も多いですが、無効審判や訴訟でも外国代理人の起用は必要になります。
公的支援では外国出願が成果として語られがちですが、支援を受ける立場からすると本来有効な権利として事業に生かすところまで見据えるべきで、注意が必要です。
2-2.外部専門家の探し方
支援先で「いい弁護士さん/弁理士さんを教えてください」と聞かれることがあります。
私の考えは、「顧客の方針をよく理解したうえでそれを知財権の取得や活用に生かす法律の専門家」となります。特許の場合は技術の理解が必要で、米国弁護士は理系の学位をもった人がたくさんいます。日本ではまだ少数派のようですが専門外でも優秀な弁護士さんは要点を抑えるのがとても速い。
立場上特定の弁護士/弁理士や事務所の推薦はできませんが、国内外の外部専門家と仕事をした前職の経験をもとに参考情報やヒントをお話ししています。
外部専門家起用では成功も失敗も経験しましたが、結局一緒に仕事をしてみないとわからないというのが率直なところです。
公的支援でも派遣専門家として登録されている弁護士/弁理士の先生方がおられ、一緒に支援することがよくあります。ここから支援後に民民の関係へ移行される場合もあります。
また妥当な額で顧問契約を結び適宜助言を受けている支援先もあります。
外国パートナーとの契約交渉では相手側に弁護士が関与している場合が多く、渉外契約ならではの規定への対処も必要になります。将来の紛争防止が契約書の大事な役割ですのでやはり外部専門家の確保は必要と思います。
知財権取得から紛争解決まで案件によっては費用も高額になりますので、信頼できる外部専門家に頼みたいですね。機会をとらえて自前の専門家確保を検討されてはいかがでしょうか。
海外知的財産プロデューサー支援の活かし方
我々が提供しているのは企業での経験値に国内外の最新情報を加味した海外事業の知財戦略ですが、最終目的は支援先が自らの責任と判断で海外事業を進め成功することにあります。
そのために資産をいつ、どれだけ使い、リスクにどう対策するか。
支援先は個人事業主、中小企業、ベンチャー、中堅企業等様々ですが、私の経験で効果的な支援に共通するのは、自ら判断できる事業主や社長さんが関心を持って参加されていることです。
コロナ禍がいい例ですが事業計画に遅延や変更は日常茶飯事で、海外事業ではその影響ははるかに大きくなりますが、中小企業のような小規模な組織ほど判断は迅速でこれは強みだと感じています。
自立への道筋を描きながら、ぜひ海外知的財産プロデューサー支援をご活用ください。
柳生 一史 INPIT 海外知的財産プロデューサー
国内食品/バイオ製造業の知的財産部門で、出願/権利化、ライセンス契約、訴訟、模倣品対策、関係会社の知的財産管理等、20年以上経験。米国に2年間駐在、ロシア関係会社の知的財産機能立上げにも従事した。
公開日:2023年 3月 20日
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