「戦略的知財活用海外展開補助金(正式名称:戦略的知財活用型中小企業海外展開支援事業費補助金)」は、高い技術力を保有し、知財を活用した海外展開に取り組む中小企業者に、出願費用を一部助成するとともに、海外ビジネスの専門家による海外展開サポートを行う事業です。
中小機構では、令和元年度に10 社を採択、以後3年間に渡って、支援を行ってきました。
この記事は事業最終年度である令和3年度に作成した事例集を再編集したものです。
また、戦略的知財活用海外展開補助金は令和3年度で終了した事業ですが、中小機構では中小企業のみなさまの海外展開を支援 しています。詳しくはお近くの中小機構地域本部 までお問い合わせください。

量子コンピュータの潜在能力を最大限に引き出す技術やソフトウェアを開発し、社会に革新をもたらす

現在、量子コンピュータ・ハードウェアの研究開発が急速に進み、化学計算・材料開発・機械学習などの分野において、量子コンピュータの活用が期待されている。しかしながら、量子コンピュータの潜在能力をこれらの分野で発揮させるには、量子力学、量子計算技術に関する専門知識に加えて、関連分野の知識に裏打ちされた高度なソフトウェア実装力が必要となる。量子コンピュータ及び量子ソフトウェアの開発競争が世界中で過熱する中、その名を揚げている日本の中小企業が存在する。それが、株式会社QunaSys(キュナシス)である。

実用化に向かう「量子コンピュータ」

量子コンピュータ理論は決して新しいものではない。まだMS Windows(登録商標)が我々の日常、特に職場に登場して間もない頃、既にその理論は頻繁に議論され、研究の対象として一部の科学者たちが熱心に取り組んでいた。しかし、それ程の時間をかけて高度化された科学技術力を兼ね備えた、世界中の優秀な科学者が取り組み続けた量子コンピュータは、未だ実用化に辿り着けていない。そもそも、現在我々が馴染み親しんできたコンピュータ理論は、電気的シグナルのプラス・マイナスで数字の1と0を表現するところに立脚している。一方量子コンピュータの世界は、量子特有の揺らぎを組み合わせ、1と0に加え「いずれでもない」がベースとなる。理論的には量子コンピュータは、我々の知っているコンピュータの中で最も処理速度の速いスーパーコンピュータに比べ、数万倍の速さで計算を行うことが可能である。

当社は、量子コンピュータ上で機能する量子ソフトウェアの設計を通じて、既存のテクノロジーで成しえなかったアプリケーションを実現することを目的に、2018年に設立されたベンチャー企業である。量子物理学の応用理論である量子コンピュータが最も強みを発揮する分野の一つに、材料シミュレーションがある。化学反応のシミュレーションは電子や原子の量子学的な振る舞いを考慮する必要があり、従来型の(古典的な)コンピュータでは対応し難い領域の一つである。当社は、その得意とする量子アルゴリズムの開発技術を用いて、量子コンピュータに、分子に含まれる電子や原子の量子力学的な振る舞いを考慮した化学反応シミュレーションを実現させる。

量子アルゴリズム研究の最先端をひた走るQunaSys。論文発表や特許出願を精力的に行い、量子コンピューター研究の発展に貢献している。

将来の主戦場を見据え、市場調査と戦略的な出願を実施

化学反応シミュレーションを必要とする事業分野で当社が戦略的に狙うのが、新薬の開発にしのぎを削る世界の大手製薬会社である。彼らは量子コンピュータがもたらす新たな技術開発力に着目しており、海外特許取得は海外で事業を進めるうえで欠くことのできない事業上の最大命題と言える。当社は中小機構が提案する戦略的知財活用海外展開補助金事業を活用し、将来の主戦場と想定される欧米を中心とした市場で、独自技術を特許化し安定的な事業展開を目指している。

海外特許取得の取り組みは、素早く自社技術を特許出願するだけでは十分とは言えない。世界の様々な研究機関やベンチャー企業が同じ目標に向かってしのぎを削る中、どの市場でどの技術の特許出願を行うかを決めるには、競合状況に注意を配り、素早い判断をする必要があるのだ。中小機構の戦略的知財活用海外展開補助金事業では、量子コンピューティング分野の技術動向を理解する専門家が中心となって、海外の主要なプレイヤーの出願動向、各国における審査の状況を提供し、当社の事業戦略に寄与してきた。

量子情報科学や物理学等、量子アルゴリズム、ソフトウェアの開発に必要な専門知識が豊富な人財が集まる。

具体化された知財戦略を基に未来へ

支援開始時は、企業としての出願特許はあったものの、「知財戦略」と呼べるほどの方向性はなく手探りの状態であった。ソフトウェアは、そもそも特許制度との親和性が低く、当社としてどのように当該制度を活用すべきか(もしくは活用しなくてよいか)悩んでいたが、今回の支援を受けて、今後の知財戦略のコアとなるコンセプトが明確化した。特に初年度の支援で、当該技術領域において、ハードウェアベンダーや競合ソフトウェアベンダーがどのような特許を出願しており、またその背景にどのような狙いがありそうかを精緻に分析・議論できたことが、今後の方向性を考える上で大変役立った。さらに、当該技術領域以外の領域で各企業が特許制度をどのように活用しているか、分割出願やビジネスモデル特許等の考え方等を学ぶことで、当社にとっての特許制度の活用余地と限界をクリアに知ることができ、長期的な知財戦略の具体化が可能となった。今後は、策定した知財戦略をベースとして、海外ベンダーとのアライアンスや顧客との契約交渉等が加速してゆくだろう。