中小機構とINPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)は2022年3月に連携協定を締結し、双方の強みを生かして、中小企業等の経営・知的財産支援の強化に取り組んでいます。
INPITの海外展開知財支援窓口 では、海外駐在及び知的財産実務の経験が豊富な民間企業出身の海外知的財産プロデューサーが中小企業の皆様からの知的財産全般の様々な相談に無料で対応しています。
「INPIT通信」では、中小企業が海外展開するうえで知っておくべき知的財産のポイントについて、INPITの海外知的財産プロデューサーに解説していただきます。
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中小・中堅企業を取り巻く現状とアフターコロナの展望
コロナ禍の暗く長いトンネルを抜け、アフターコロナ以降ようやく少しずつ明るい兆しが見えてきましたが、企業にとっては少子化による国内市場の縮小、競争の激化という厳しい事業環境に依然変わりはありません。 また、近年はEコマース等の進展で海外製品も国内に簡単に入ってくるようになったので、市場環境は一層厳しさを増しています。 そのような中、中小・中堅企業の皆様には、今後のビジネス展開でお悩みの方も多いのではないかと思います。
今回の「INPIT通信」は、そんな中小企業等の皆様のヒントとして頂けるよう、「ブランド&知財戦略」という切り口で今後のビジネス展開について考えてみたいと思います。
中小・中堅企業の海外展開
ピンチはチャンス! 外に目を向けるならば、Eコマースで市場の垣根がなくなったことは、直接海外の顧客にアクセスできるようになり海外展開し易くなったとも言えます。 特にコロナ禍以降、人と直接会わずにビジネスを進めることがニューノーマルとなり、Web会議での商談やオンライン・マーケティング等の利用が一気に進みました。 この流れを受け海外事業は、様々なDX(デジタルトランスフォーメーション)支援ツールやサービス拡大も手伝い、これまでになくハードルが下がり、スモールスタートで始められるビジネスモデルになったと言われるようになってきています。
今や海外ビジネスは、ショップの大きさや営業担当の数といった規模が決め手なのではなく、売り方の知恵やセンス、言わば、「知」で勝負できる時代となり、中小企業でも十分戦える時代になってきたのです。 そこで、今回のテーマである「ブランディング」は、まさに「知」の最たるものですから、「ブランド戦略」を最大の武器にして進めることがカギになってきたと言っても過言ではありません。
ブランド戦略と知的財産
では、「ブランド戦略」といっても一体どのようにしてグローバル市場に打って出ていくかですが、単に良い製品を安価に供給するという過去のやり方ではグローバル競争下、十分とは言えません。 付加価値の高い良質の製品・サービスで差別化し優位に立つこと(顧客に選んでもらうこと)が重要なのは勿論ですが、さらに、「真のブランド力」の強化が問われているのです。
「真のブランド力」とは、単に名前が知られ製品が売れれば良いということではなく、信頼が蓄積され持続性のあるブランドであることを要します。 なぜなら、いかに良い製品を出し販売努力の末やっと市場で認知されたとしても、厳しい競争下では必ずフォロワー(競合品や模倣品)が現れ価格競争に巻き込まれてしまうため、成功を持続させるのは極めて困難だからです。 また、品質の悪い模倣品が出回ると、その影響で自社への信頼を失うことになり、ひいては自社ブランドも棄損されてしまうことになります。
そこで、「真のブランド力」獲得のためには、ブランドが知的財産で裏付けされ、しっかり守られていることが必要となります。 知的財産で適切にプロテクトされていないブランドは、信頼を基盤とした持続的な成長が難しく、やがてフォロワーに真似された時になすすべなく売り上げを奪われ、やがて淘汰されてしまうのです。
知的財産によるブランドの強化
では、そのようにブランドを強化する知的財産の役割とはどのようなものでしょうか。
「ブランド」は差別化要素であり、その魅力的なクオリティと相まって顧客吸引力を発揮するものですが、上図のように様々な要素から形作られます。 そして知的財産との関係でいうと、技術や性能、品質であれば特許でカバーされ、独創性やデザイン的な要素であれば著作権や意匠権でという具合に、その特質に対応した種類の個々の知的財産権でカバーすることができます。
ところが、商標の場合は他の知的財産権と異なり、これら全ての要素で形成される「ブランド」というイメージそのものをしょって立つ機能があるのです。 換言すると、ブランドの良さや様々な特徴のすべてが一体となって、マークやネーミングとしての商標に化体してそのブランドを表象するのです。 このように、商標は単なる会社や製品の「名称」というだけでなく、「ブランドの代表選手」としてとても重要な役割を果たすものです。
ですから、海外進出にあたっても、最低限商標だけは出願しておくことが肝要です。 勿論、意匠や特許など他の権利でも保護すればさらに守りの補強になりますが、例え他まで手が回らない場合でも、とにかく商標だけは必ず登録しておくということをぜひ覚えておいてください。
理想的なマーケティング戦略とは
では、それらブランドと知的財産権が、どのようにビジネス、即ち、売るための戦略に結びつくのかを、次に考えてみましょう。 「マーケティング」は売るための戦略ですが、有名な経営学者のピーター・ドラッカーさんによれば、理想的なマーケティングとは、「No Selling」で自然に売れるようにすることだと言っておられます。 マーケティングには様々な手法があり、製品や市場の特性等も様々ですから定石で語れるものではありませんが、ひとつ言えることは、ブランディングは、「No Selling」の状態に近づくためのとても効果的な手段のひとつだということです。
ブランドは、様々な魅力的な要素がそれに乗っかって、それ自体で顧客吸引力を発揮するというものでしたから、一旦ブランドが消費者に認識され確立すると、今度は、消費者はいちいち製品の品質とか性能の中身を吟味することなく、ブランド名だけ見て買っていく消費行動を生むという訳です。 ここが、ブランドというもののすごいところでもあるし、怖いところでもあります。
例えば女性の方など、高級バッグや化粧品等でいつもこのブランドしか買わないという方も多いのはその現れですね。 「怖い面」というのは、逆に、それを上手く利用して商売しているのが模倣品、偽物品ということになりますし、また、品質問題などで一旦信頼を落とすと中々回復が難しくなるのもブランドの怖さです。
いずれにしても、ブランディングによって自社の強みを差別化することで、顧客吸引力を高め、その結果売れる状態、即ち、ドラッカーさんの言う「No Selling」の状態に少しでも近づけていくことが重要ですが、実はそれだけでは十分ではありません。 さらに、知財マネジメントをブランディングやマーケティングと合わせて行い、三位一体でビジネス戦略に組み入れることで、初めて事業の持続的成長に繋がっていくのではないかと思います。
日本企業のブランド戦略
では、日本企業のブランド戦略としては、どのようなものが考えられるでしょうか。 自社の力だけでなく、活用できるものは活用し、少しでも強いブランドを作っていきたいものです。 例えば、日本製品であれば、元々ある「日本製」という、ハイクオリティなイメージを利用しない手はありません。 これまでに実際いろいろな日本の良いモノが、所謂「ジャパンクオリティ」として海外で高評価を得ている成功実績が数多くありますから、この「ジャパンブランド」、それに加えて「自社の良さ」をプラスアルファすることで、上手くアピールして勝負することが有力な手段になりつつあります。
さらに、地域のもつブランド、例えば、「京都」などの地域の持つ日本的な「和」のイメージや、海外でも有名な「有田焼」や「関」の刃物など、伝統工芸品や地域団体ブランドのイメージを活用することも非常に有効です。 これらと自社ブランドを組み合わせて、ゲタを履かせることでブランドイメージがかさ上げされ、それに宣伝やプロモーションを工夫して行うことで、より効果的なブランディングを進めていくことが可能になります。
知財活用と知財リスクを考慮した海外戦略
最後に、海外進出で我々が取り組むべき課題をまとめると、
<第1ステップ> いかにして自社の強みをブランド価値に転換し、それを高め、発揮させるか
<第2ステップ> いかにして築いたブランド価値を守り、フォロワーや模倣品の発生を防止するか
ということになります。
そして、これら2つのステップを知的財産の領域で表現するならば、「知財の活用」と「知財リスクの低減」ということに実はほかなりません。 従って、これら両面での知財戦略のアプローチが必要になってくるということになります。
具体的には下図で示すように、「知財活用した場合のメリット」を最大化すると同時に、「知財対応を怠った場合のリスク」をいかに低減させるかという活動になります。
ここで強調したいのは、海外のビジネス戦略と知財戦略は必ず表裏一体セットでやっていくということです。 そして、自社の強みで勝負できるマーケットでブランドを確立しビジネスの土台を作るということ、次に、強みに基づく知的財産を最大限に生かし、リスクを最小化した事業・知財戦略を実行することで、持続的成長による利益の最大化を目指していこう、ということになります。
今回のお話は以上ですが、この記事を読み、海外展開にチャレンジしたいという企業様がいらっしゃいましたら、ぜひ INPIT にご相談ください。 私たち海外知的財産プロデューサーは、海外展開を目指す中小・中堅企業の皆様の目線に立ち、限られたリソースの中で費用対効果を考慮したバランスの取れた支援をさせて頂く、という方針の下活動しております。
井上 尚幸 INPIT 海外知的財産プロデューサー
機械・半導体関連メーカーおよび法律事務所で40年の知財法務経験。 米国・欧州合わせて7年半駐在し、現地法人の立ち上げにも参画。 特許・商標・意匠の出願・権利化、ライセンス交渉および訴訟対応のほか、ビジネスに関する種々の国際契約、 M&Aなどを幅広く経験した。
公開日:2023年 5月 29日
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