このシリーズでは、ビジネスの紛争を解決する手段の一つである”仲裁”について、様々な角度から解説していきます。第3回は「海外での仲裁と日本での仲裁」と題し、仲裁地とはなにか、その重要性について論じます。
※このシリーズは、2020年6月から9月にかけて、大商ニュース(大阪商工会議所より発刊)に掲載された記事です。(全6回)
サッカーでは、ホームの試合の方がアウェイの試合よりも圧倒的に有利だと言われている。実は仲裁にもホームとアウェイがある。それを決めるのは仲裁地である。さて、「仲裁地」とは、何だろうか。「仲裁」が法律用語であるのと同様、「仲裁地」も法律用語である。
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仲裁地の指定と仲裁手続の準拠法
大阪地裁で民事訴訟をする場合、その手続を規律するのは日本の民事訴訟法である。民事訴訟法は強行法規なので、当事者の合意で手続を変更することはできない。一方、仲裁の具体的な手続ルールは当事者の合意で自由に決められるのが原則である。それでも、当事者の合意した手続が実は一方にとって余りに不公平な場合には、そのような合意は強行法規違反で無効とされる場合がある。どのような場合に強行法規違反となるかは、各国の仲裁法の定め方次第である。どの国の仲裁法が適用されるかは、仲裁地を基準に決定される。日本国内に仲裁地があれば、強行法規違反となるかは日本の仲裁法に基づいて判断される。仲裁地が外国(例えば韓国)にあるときは、その外国(例えば韓国)の仲裁法が適用される。
仲裁地の指定と裁判所の関与
裁判所の民事訴訟は、国家権力の発動である。大阪地裁が事件の審理に必要と考えれば、誰であっても証人として大阪地裁に呼び出すことができる(従わないと罰金等の制裁がある)。一方、仲裁は当事者間の仲裁合意に基づく手続であり、最終的な仲裁判断をする仲裁人も通常は一般の私人である。そのため、事件の審理のために証人を尋問する必要があるときでも、その証人を強制的に呼び出すことができない。証人を強制的に呼び出す場合には、裁判所に証拠調べの援助を求める必要がある。
また、仲裁判断は裁判所の確定判決と同じ効力をもっているが、仲裁判断の前提となる仲裁合意が無効であるとか、仲裁人が実は中立性を欠いていたなどの重大な問題があるときは、裁判所に仲裁判断の取消を求めることができる。
このような場合に管轄を有するのは、仲裁地の裁判所である。
仲裁地の指定と審問期日の場所
大阪地裁で民事訴訟をする場合、当事者の弁論や証人尋問は原則として西天満の裁判所庁舎で行われる。一方、仲裁は当事者間の仲裁合意に基づく手続であり、弁論や証人尋問(一般に審問期日と呼ばれる)の場所は当事者の合意で自由に決めることができる。当事者が合意すれば、仲裁地(仲裁手続の準拠法や管轄裁判所の基準となる)と別の場所で審問期日を開催することも差し支えない。当事者間で合意できないときは、仲裁廷が審問期日の場所を指定する。その場合、仲裁地と違う場所を指定することも法令上は可能だが、実務上は仲裁地と同じ場所が指定されることが多い。その意味では、仲裁地の指定は、事実上、審問期日の場所を決めることになる。
ホームでの仲裁とアウェイでの仲裁
仲裁地を日本国内にしておけば、その手続には日本の仲裁法が適用され、必要な場合には日本の裁判所が関与することになる。日本企業にとっては、良く知らない外国の仲裁法が適用されて、想定外の結果を招くリスクを回避できる。また、日本の裁判所は、少なくともビジネス紛争に関する限り、その信頼性は世界的にもピカイチである。一方、外国(特に一部の発展途上国)の場合、裁判所が信頼できないことも少なくない。
審問期日が外国で開催される場合の実務上の負担も無視できない。近時の国際仲裁では、半年~1年程度を掛けて書面の交換や証拠開示を行った後、1週間~数週間にわたって連日証人尋問が行われるのが通例である。審問期日が海外で開催されると、その間、会社の担当者や証人は現地でホテル住まいを余儀なくされる。日本と時差があれば、現地時間の昼間は審問期日に立ち会い、深夜に本社と打ち合わせをすることになる、そのような生活を続けることの疲労と不便は、同様の審問期日を地元大阪で開催する場合と比べて、想像以上に大きい。実務感覚から言えば、国内での仲裁と海外での仲裁は、サッカーの試合でホームとアウェイくらいの違いがある。
ホームでの仲裁を実現するには
仲裁地は、当事者の合意で指定することができる。実際に紛争が生じてから仲裁地の合意をすることは、法令上は可能であるが、現実問題としては甚だ困難である。紛争が生じてから仲裁地を検討するのではなく、これから取引を行う段階で、取引契約書の仲裁条項に「仲裁地は日本国大阪市とする」との一文を入れておくことが重要である。
日本商事仲裁協会(JCAA)とは
日本商事仲裁協会(JCAA)とは、「商事紛争の処理及び未然防止等を図ることにより、円滑な商事取引を促進し、もって我が国経済の健全な発展に寄与」することを目的として設立された、日本で唯一の商事仲裁機関です。
仲裁・調停に関するご相談は一般社団法人日本商事仲裁協会へお問い合わせ下さい。
筆者紹介
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 古田 啓昌 氏
公開日:2020年 12月 11日
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