日米両国でのバイカルチュラルな生い立ちを生かし、コンサル業と翻訳・通訳業の隙間を埋めるサービスを提供している阿部然大さん。海外展開には欠かせない「英訳」について要点を伺いました。

質の高い翻訳を求めるのならば、国際化の経験があるプロに任せるべきです。英語の読み書きができるということと、マーケティング用の英文資料が作成できるということは、まったく異なります。
たとえば、日本風につくられた外国のお菓子を見たとき、日本語が母国語である私たちは、パッケージの日本語が一文字でも間違っていると、すぐに気がつきますよね。すこしでも表現が変だと違和感を感じて商品への信頼が一気になくなり、買わなくなってしまいます。
海外の人たちも同じですから、まず英語が母国語の方々に違和感を感じさせないような高い知識と語学力を持った人が、英訳を担当する必要があります。
もう1つ見落としがちなのは、ネイティブレベルの文章が書けるからといって、すべての人が魅力的なストーリーを書けるわけではないということです。帰国子女や留学経験者の場合でも、ひと通りの違和感のない英語の文章は書けるかもしれませんが、いきなりプロフェッショナルな文章が書けるかというと無理に決まっています。その当たり前の事実を、まず認識していただけたらと思います。

ローカライゼーションを意識したトランスレーションを

海外企業向けの資料では、内容や強調すべきフレーズを、日本企業向けのものから変える必要があります。日本語のWEBサイトやパンフレットの直訳ではなく、「現地で必要な情報」をもとに、その国に住む人に向けて文章を編集すること。単なるトランスレーション(翻訳)ではなく、ローカライゼーション(現地化)ができているかどうかがポイントです。
たとえば、海外の販売店は、まずその製品が自国の規格を満たしているかを知りたいものです。CEマークやISO規格を取得しているか、アメリカならばFDAの承認があるか等は、必ず記載してください。日本語版をそのまま翻訳すると、うっかり抜けてしまうことが多いのです。
こうした指摘をしてくれる翻訳会社はほぼないので、企業側がローカライゼーションを意識した翻訳とはどういうものかを理解しておくことが大切です。

日本語と英語の文化背景の違いを認識する

まず、西洋と日本では、言語に対する文化的背景がまったく違います。
簡単に言うと、日本人は非常に情緒的なんです。日本人は平安のころから、感情を表現するために漢字を崩し、流れるような「かな」に変化させました。日本の言語文化の背景には「詩」があるというのが、学術的な認識です。
西洋では、コントロールできないものは「怖い」という見方をします。だから、すべてカテゴライズして名前をつけ、番号や順位をつけるといった行為で安心します。日本語から英語に置き換えるときは、まったく違う文化で、言葉の使い方や表現にもギャップがあることを踏まえなければならないというのが大前提です。
現代でもやはり、日本人はマーケティング資料などを詩的に書く傾向があります。主語が抜けて、比喩的な表現になるのですね。俳句はその極致ですが、俳句が世界的に有名になったのは、その言語文化が西洋のものと大きく異なっているからなのです。
詩的なライティングは、海外のビジネスシーンでは、「ロジカルに考えていない」と誤解されがちです。気持ちを込めて磨き上げた商品コピーも、英訳すると「意味がわからない」となってしまう場合があるのです。村上春樹や吉本ばななといった世界で活躍する日本の作家たちが、最初から英訳されることを前提に文章を書いているのはよく知られています。
また、日本語に対応する英語が必ずあると思っている人が多いのですが、そもそも、日本語と英語で100%同じ意味の文章は存在しないんです。文化背景の違いのなかで、最善の言葉を探していくのが翻訳という作業なのです。

文章の目的は誤解を取り除く作業

西洋の場合、文章の目的は言いたいことを伝えるのではなく、「誤解を取り除く作業」だと思ってください。
日本語でも短く簡潔な文章は洗練された印象になりますが、英語でもそれは同じ。先方が必要としている情報を誤解なく伝えるには、短いセンテンスでストレートに書くのがいちばん効果的です。
自分で英文を書くのであれば、箇条書きでも構わないので、わかりやすく誤解されないように。センテンスごとに表現するアイデアを1つか2つまでにすると英語にしやすいですね。2つ以上のアイデアを盛り込むと、難しくなります。
また、海外の方に伝わる物語かどうかは、つねに意識しなければなりません。たとえば、「信長が愛した酒」というコピーは、海外では「ノブナガ? 誰?」となります。必ず説明文を入れるか、海外向けにコピーを変えたほうがいい。たとえば、将軍(shogun)という言葉は海外でも認知度が高いので、「将軍が愛した酒」であれば、信長の名前がなくても伝わります。歴史的には正しくないから、実際にはもうすこし工夫しないと使えないですけど(笑)。

アクティブ・ボイスでいきいきとした訳を

読み手の心に響く文章を書くためには、活きた表現をしてください。英訳する場合は、「Active Voice(アクティブ・ボイス:能動態)」、つまり、主語がアクションを起こしている文法が有効です。その反対が、「Passive Voice(パッシブ・ボイス:受動態)」。パッシブな表現は自分の意思をプレゼンするのには適しません。主語が曖昧な日本語を英語に訳すとパッシブな受身文になりやすいことに注意して、アクティブ・ボイスに変換していく必要があります。
下の例を見ていただくとわかりますが、アクティブな訳のほうがずっと簡潔で洗練されていますよね。パッシブな訳にくらべて、アクティブな訳だと文字量は3分の2ほどに減ります。

アクティブ・ボイス(能動態)とパッシブ・ボイス(受動態)

ローカライゼーションに対応できる翻訳家を探す時代

こうしたローカライゼーションに一般の翻訳会社は対応していませんが、ローカライゼーションの要素なしには世界で勝負はできません。ですから、これからはローカライゼーションを含めた翻訳をしてくれる人材を探す必要があります。
企業側は、翻訳者が機械みたいに自動的に翻訳してくれると簡単に考えず、依頼するときは、現地向けに調整をした資料や写真を用意する、企画情報や達成した記録を数字で明確に記載する、読み手がユーザーなのか販売代理店なのかを事前に伝え、読み手にあわせて記載情報を変えるなど、準備を整えてください。
また、同じ翻訳者に継続的に仕事を依頼すれば、自社の理念や方針、商品知識をより深く理解してもらうことができます。翻訳者をビジネスパートナーと考えて信頼関係を築くことが、より良い翻訳を実現するために必要なことだと思います。