中小機構とINPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)は2022年3月に連携協定を締結し、双方の強みを生かして、中小企業等の経営・知的財産支援の強化に取り組んでいます。
INPITの海外展開知財支援窓口 では、海外駐在及び知的財産実務の経験が豊富な民間企業出身の海外知的財産プロデューサーが中小企業の皆様からの知的財産全般の様々な相談に無料で対応しています。
「INPIT通信」では、中小企業が海外展開するうえで知っておくべき知的財産のポイントについて、INPITの海外知的財産プロデューサーに解説していただきます。
中小企業にとっての海外展開と知財
中小企業が海外展開を始めようとするきっかけはさまざまです。国内で商品がよく売れているので海外でも販売したい、ネットで販売している商品を見た外国のバイヤーから引き合いがあった、取引先が海外で生産をすることになったので、自社の製品をそこに輸出することになった、など。しかし、多くの場合に共通しているのは、国内でビジネスをやっている段階から海外展開を考えておられる会社は非常に少ない、という事ではないでしょうか。これは資金力等経営資源に余裕のない中小企業にとって、海外展開はリスキーであり、まずは国内で着実に地歩を固めてからという、ある意味健全な経営姿勢であろうと思います。また、知的財産権が大事だというのは漠然と理解していても、海外の知的財産権については、海外展開が見えてくるまで、具体的な手が打てていないというのも現実です。そして、中小企業の皆さんは、いざ海外展開する段階になると、知的財産権にまつわる”ジレンマ”に直面し、我々のところに相談に見えられることになります。
“ジレンマ”を理解する知財の三つのキー・ワード
それでは、なにが“ジレンマ”なのかをご理解頂くために、知っておいて頂きたい知的財産権に関するキー・ワードが三つあります。なお、ここでは大筋での理解を優先しますので、記述の正確性や完全性を犠牲にしている部分がありますが、ご容赦願います。
ご存じの通り、知的財産権の主なものには、特許権、意匠権、商標権、著作権があります。いずれの権利もそれぞれの国が、自国の特許法とか知的財産権法といった法律に従って、権利の付与や行使を認めています。これを“属地主義”(キー・ワード①)といいます。新聞などで“中国の○○社が国際特許出願件数第一位に”などと報道されますが、あれは国際間の条約(特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty))のもとで、一つの出願で条約加盟国(150ヶ国超)のそれぞれに出願したと同じ効果を認めましょう、という仕組みを使った件数です。権利の属地性からすると、“国際特許”というものは存在しないので、ミスリードなタイトルだと思います。
二番目に留意すべきことは、権利取得は“早い者勝ち”だという事です。いずれの国・地域おいても、原則として、より早く出願した人が権利を取得する、ことになっています。これを“先願主義”(キー・ワード②)といいます。
これら二つのキー・ワード(①属地主義と②先願主義)に注目すると、私は知的財産権というのは“国毎の椅子取りゲーム”だと思っています。つまり、椅子に初めに座った人が、各国の法律で認められた一定期間その椅子に座り続けることができる、逆にいうと他人を座らせないことができる、国毎のゲームという事です。
更に、特許権や意匠権については、出願対象の発明やデザインが、出願前に世界のいずれかの国・地域で公に知られてしまっている場合には、権利を取得することができません。これを“新規性(の要件)”(キー・ワード③)と言います。これに対して、商標権には新規性の要件はありませんので、その国・地域で他者に先に取られていなければOKです。
相談事例にみる“ジレンマ”
さて、我々の日々の相談に持ち込まれる課題には次の様なものがあります。これらを三つのキー・ワードでご説明した知的財産権の制度の仕組みから、なぜ”ジレンマ”が発生するのかを考えてみましょう。
(1)これから展示会等を通じてマーケティングをしていくが、現時点ではどの国で売れるかわからないので、知財権もどこに出願したらいいかわからない。これは、知財権の属地主義に由来する課題ではありますが、知的財産権を取得するコストは、保護対象としたい製品の売上に比例しない(売上の大きい製品でも小さい製品でも、一定のコストがかかる)という経営的課題になっていきます。従って、売上の小さい中小企業の製品においては、知財コスト(特許権の場合は、一カ国あたり車1台分というイメージ)が相対的に高くなり、知財に対する投資判断に逡巡するところなります。
(2)日本でよく売れている特許商品を輸出したいが、’その発明は日本での販売によって、すでに公知になっているので、海外では特許権は取れない’と弁理士に言われたが、なにか方策はないか。これもよくある相談です。新規性の要件を欠くので、弁理士さんの言っていることは正しいのですが、そもそも特許権を取得する目的や必要性に立ち帰って考えてもいい場合が多くあります。外国で特許等を取得し、これを行使して他社を排除しようとすると、相当の時間とお金がかかります。(1)同様、コストの合理性という経済的課題がありますので、日本で商品を発売する前から外国出願をしておく必要性において、”ジレンマ”が発生しています。
(3)日本で販売している商品をそのまま輸出しようとしたところ、仕向け国では他者がすでにその製品に付されたと同じ商標権を取得していた。特に漢字圏の中国において多発する問題です。”中国での商標の使用をやめるか、商標権を買い取れ”とホールドアップにあったという話も聞きます。上記のとおり、商標権は“新規性”の要件は不要ですので、日本で登録されている商標でも、中国で未登録であれば、先に出願した他人が同じ商標を登録することができてしまいます。
INPIT海外知財PDによる”ジレンマ“の緩和
ここでご紹介した様なケースについては、相談を受けた時点では、外国出願の補助金制度の利用、PCTなどの条約に基づく出願、営業秘密としての保護・管理、商標権取消の検討、といった対応策を助言させて頂き、少しでも”ジレンマ”を緩和する様にします。しかし、事業展開のシナリオのなかに初めから海外展開を織り込んでおけば、技術ノウハウの秘匿化と特許等の出願の是非、出願国や出願時期などの検討、他者権利の調査と代替案の検討、等々、“ジレンマ”を完全に解消することはできないにしても、それを極小化する選択肢が増えてきます。繰り返しになりますが、他社に権利を先取りされた、外国で権利を取得する時期を逸した、権利がないまま海外展開する羽目に陥った、などとならないために、海外展開が具体化する前の段階から、我々海外知的財産プロデューサーの活用をご検討されては如何でしょうか。
鈴木 崇 INPIT 海外知的財産プロデューサー
電機メーカーの国際事業部門および知財部門で40年弱勤務。主に海外を中心とする知財の渉外案件に携わり、特許ライセンスに関する交渉・契約書作成、知財訴訟・和解、M&A対応など、幅広い実務を経験。この間、米国のロー・スクール留学、米国子会社の知財担当副社長を経験。
公開日:2022年 10月 18日
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