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海外での訴訟とビジネス紛争の仲裁 ~シリーズ「国際ビジネス紛争と仲裁・訴訟・調停」 第2回~

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このシリーズでは、ビジネスの紛争を解決する手段の一つである”仲裁”について、様々な角度から解説していきます。第2回は「海外での訴訟とビジネス紛争の仲裁」と題し、米国と日本の訴訟制度を比較しながら、海外での訴訟と比べた仲裁制度の利点を論じます。
※このシリーズは、2020年6月から9月にかけて、大商ニュース(大阪商工会議所より発刊)に掲載された記事です。(全6回)

 

 名優ジーン・ハックマン主演の映画「訴訟」は、「ピント」というフォード社の自動車を巡る実際の事件をモデルにした法廷ドラマである。ピントには構造上の欠陥があったが、フォード社は、リコールに要する費用と事故が発生した場合に支払う賠償金の予想額を比較した結果、賠償金を払う方が安価であるとして欠陥を放置した。この事実が訴訟の過程で明らかとなり、フォード社は、陪審評決により、日本円で約260億円の懲罰賠償を命じられることになった。この事件は、米国における訴訟の特徴を良く顕している。

陪審裁判

 日本の民事訴訟では、被告に責任があるか否か、損害額はいくらかを判断するのは裁判官である。しかし、米国では、民事訴訟であっても、こうした判断は陪審員が行うのが原則である。陪審員は、地元の一般市民から選ばれるため、一般に外国企業よりは地元の消費者に対して同情的である。日本企業としては、陪審裁判となった時点で、一定の不利益を覚悟しなければならない。

懲罰賠償

 日本の民事訴訟では、損害賠償の対象は原告が被った実損の範囲に限られる。しかし、米国では、被告の対応が悪質であると判断された場合には、実損に加えて、懲罰的な賠償を命じることができる。2018年8月、トヨタ自動車は、テキサス州で起きた追突事故をめぐる訴訟で約267億円の賠償を命じる陪審評決を受けたが、そのうち約158億円は懲罰賠償であった。

クラスアクション(集団訴訟)

 日本の民事訴訟では、原告が訴訟で請求できるのは自分が被った損害だけである。しかし、米国では、自分と同様の立場にある多数の人々の損害をまとめて請求することができる制度がある(映画「訴訟」の原題は「Class Action」でもある)。自分が被った損害が少額であっても、同様の立場の者が大勢いれば、巨額の賠償を請求できる。1999年10月、東芝は、ノートPCの不具合を巡る米国のクラスアクションで、ノートPC所有者一人あたり1万円から2万円程度を支払う和解に応じた結果、合計1100億円の特別損失を計上することになった。

ディスカバリ(証拠開示)

 日本の民事訴訟でも文書提出命令の制度はあるが、その範囲は限定的である。これに対し、米国にはディスカバリと呼ばれる証拠開示の制度があり、事件に関する手持ちの資料は原則として全て相手方に渡さなければならない。映画「訴訟」では、被告会社が開示した大量の書類をハックマン演じる原告側弁護士がトラックに山積みして運び出すシーンがある。最近では電子的に保存されている資料(eメールを含む)の分量が膨大なものとなっており、e-ディスカバリに対応する日本企業の負担(大量の日本語文書の英訳や、顧問弁護士による事前レビューのコスト等)は極めて大きい。

仲裁の効用と仲裁条項の必要性

 このように、日本企業が米国での訴訟に巻き込まれた場合には、日本での訴訟では予想もしない困難に直面することになる。こうした困難は、米国に限らず、海外での訴訟にはつきものである。国際ビジネス紛争の解決手続として、訴訟ではなく、仲裁が好まれる所以である。なぜか。
 仲裁において最終的な判断を示すのは仲裁人であるが、その仲裁人を選ぶのは当事者自身である。当事者間で意見が整わないときは、当事者が指定した仲裁機関(たとえばJCAA)ないし裁判所が仲裁人を選任する。こうして選任される仲裁人は、通常、公正かつ中立な見識ある人物である。また、仲裁判断の準拠法は、原則として当事者の選択に従う。取引契約の際に適切な準拠法条項を定めておけば、懲罰賠償は回避することができる。仲裁は当事者間の合意に基づく手続であるから、仲裁合意がない当事者との関係で集団仲裁となる事態は原則として起きない。
 証拠開示の範囲についても、当事者間の合意で決めることができる。当事者間で合意すれば、証拠開示を全く行わないこともできるし、米国訴訟のような広範なディスカバリを実施することもできる。合意が整わないときは、仲裁人が証拠開示の範囲を決めるが、多くの場合は当事者双方にとって公平な範囲に限定される。
 このように、海外での訴訟と比べて、仲裁には様々な利点がある。しかし、仲裁を利用するためには、当事者間に仲裁合意が必要である。実際に紛争が生じてから仲裁合意をすることは、法令上は可能であるが、現実問題としては甚だ困難である。紛争が生じてから仲裁を検討するのではなく、これから取引を行う段階で、取引契約書に仲裁条項を規定しておくことが非常に重要である。仲裁条項の雛型(モデル条項)はJCAAなどの仲裁機関のウェブサイトから簡単に無料で入手できる。

 

日本商事仲裁協会(JCAA)とは

 日本商事仲裁協会(JCAA)とは、「商事紛争の処理及び未然防止等を図ることにより、円滑な商事取引を促進し、もって我が国経済の健全な発展に寄与」することを目的として設立された、日本で唯一の商事仲裁機関です。
仲裁・調停に関するご相談は一般社団法人日本商事仲裁協会へお問い合わせ下さい。

筆者紹介

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 古田 啓昌 氏 

 

 

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