このシリーズでは、ビジネスの紛争を解決する手段の一つである”仲裁”について、様々な角度から解説していきます。シリーズ初回となる第1回は「喧嘩の仲裁とビジネス紛争の仲裁」と題し、ビジネス紛争における仲裁とはどういった役割であるかを論じます。

※このシリーズは、2020年6月から9月にかけて、大商ニュース(大阪商工会議所より発刊)に掲載された記事です。(全6回)

2017年6月に公表された政府の「経済財政運営と改革の基本方針」(いわゆる骨太の方針)で「国際仲裁の活性化に向けた基盤整備のための取組」が掲げられた。これを受けて、政府は、2019年4月から2024年3月の5カ年計画で、日本における国際仲裁の活性化に不可欠な①仲裁人・仲裁代理人等の人材育成、②企業等に対する広報・意識啓発、③審問手続等のための施設整備に取り組んでいる。法務省のウェブサイトには、「山下法務大臣(当時)が、国際仲裁活性化のための大阪中之島合同庁舎を活用したパイロットプロジェクトの様子を視察しました」との記事(2019年7月3日付け)も掲載されている。
なぜ、今、「国際仲裁の活性化」なのだろうか。「企業等に対する広報・意識啓発」とは、どういうことなのか。そもそも「国際仲裁」とは何なのだろうか。
筆者は、これまで国際仲裁を生業とし、政府の5カ年計画の実施に関与していることもあり、こうした疑問に応えると共に、国際仲裁の利用を広く呼び掛けるべく、この連載の場を頂戴した次第である。

胴乱の幸助と喧嘩の仲裁

手許の国語辞典で「仲裁」の項を見ると、「争いの間に入って取りなし、両方を仲直りさせること」などと説明されている。上方落語の定番に、「胴乱の幸助」という演目がある。割り木屋(今で言う燃料店)の幸助の唯一の趣味は喧嘩の仲裁で、往来で喧嘩を見つけると頼まれもしないのに間に割って入り、喧嘩の両当事者を近くの料理屋に連れ込んで、こんこんと説教したうえ、腰に下げた財布代わりの胴乱から金を出して酒と料理をご馳走し、仲直りさせる。幸助がやっていることは、正に国語辞典に書いてある「仲裁」である。

三洋電機と米国企業との仲裁

三洋電機は、空調機器の売買契約をめぐる米国企業との紛争について、2011年6月、三洋電機側に義務違反がないことの確認を求める仲裁を日本商事仲裁協会(JCAA)に申し立てた。一方、米国企業側は、三洋電機に対して義務違反に基づく損害賠償を求める反対請求をJCAAに申し立てた。JCAAの商事仲裁規則に基づいて選任された3名の仲裁人は、双方の主張立証を踏まえて、2014年8月、三洋電機の確認請求を認め、米国企業の反対請求を退ける仲裁判断を下した。この「仲裁」で仲裁人が行ったことは、三洋電機と米国企業の間に入って取りなし、両方を仲直りさせることではなく、米国企業の反対請求に法的根拠があるか否かを判断すること(つまり、白黒をはっきり付けて、紛争を終わらせること)であった。胴乱の幸助がする「仲裁」と、仲裁人がする「仲裁」とは、かなりイメージが違う。

法律用語としての「仲裁」

実は、JCAAが行う「仲裁」は、国語辞典に書いてある「仲裁」ではなく、法律用語としての「仲裁」である。たとえば、我が国の法律では、「民事上の紛争の全部又は一部の解決を一人又は二人以上の仲裁人にゆだね、かつ、その判断に服する旨の合意」を「仲裁合意」と呼び(仲裁法2条1項)、仲裁人の判断(仲裁判断)は裁判所の確定判決と同一の効力を有するものとされている(仲裁法45条1項)。
つまり、仲裁法が想定する「仲裁」においては、仲裁人は、紛争当事者の間に入って取りなしたり、両方を仲直りさせたりするわけではない。仲裁人は、紛争当事者どちらの言い分が正しいか最終的な判断を行い、当事者は仲裁人の判断に従わなければならないのである。その意味で、仲裁人の仲裁判断と、裁判所の判決は、共通している。法律用語としての「仲裁」は、日常用語としての「仲裁」とは意味が違う。

日本企業と国際仲裁

日本企業が外国企業との間で(法律用語としての)仲裁が行われた事例としては、前述の三洋電機のほか、スズキとフォルクスワーゲンの業務提携解消、住友ゴム工業とグッドイヤーの提携解消、高速道路の建設プロジェクトをめぐるアルジェリア高速道路公団と鹿島・大成建設などの共同企業体の紛争、NTTドコモのインド撤退をめぐるタタ・グループとの紛争、ウェスタンデジタルの東芝に対するフラッシュメモリー事業の売却差止請求事件などが報道されている。
次回以降、日本企業が外国企業との間でビジネス紛争が生じた場合に、裁判所での訴訟ではなく、仲裁人による仲裁が選ばれる理由、その際に日本企業として注意すべき事項を紹介させていただきたい。

日本商事仲裁協会(JCAA)とは

日本商事仲裁協会(JCAA)とは、「商事紛争の処理及び未然防止等を図ることにより、円滑な商事取引を促進し、もって我が国経済の健全な発展に寄与」することを目的として設立された、日本で唯一の商事仲裁機関です。
仲裁・調停に関するご相談は一般社団法人日本商事仲裁協会へお問い合わせ下さい。

一般社団法人日本商事仲裁協会

筆者紹介

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 古田 啓昌 氏