みなさんは「富裕層」と聞いて、どのような方が思い浮かぶでしょうか。近年、「当社の製品を海外の富裕層に売りたい!」という中小企業の方々からのご相談が増えてきています。このレポートでは、中小企業の方々が富裕層に向けた海外展開を計画するうえで、そのターゲット像の具体化に資するべく、富裕層と呼ばれる方々のお気に入りのものやライフスタイル、お勧めのショップなどをインタビュー調査し、まとめたものです。みなさんの商品開発やマーケティングのお役に立てれば幸いです。
なお、このレポートは2018年に執筆されたものであり、現在の状況と異なる可能性があることをご了承ください。

プロフィール

氏名:アーニャ・グラフ(Anja Graf)
年齢:40歳代
職業:起業家(不動産業)
家族構成:パートナーあり、子ども4人
自宅エリア:チューリッヒ市内
職場エリア:チューリッヒ市内
住居の間取り:ヴィラ所有、12部屋
車所有台数:1台、メルセデス(Mercedes)
使用する言語:ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、ポーランド語

13歳でモデルエージェンシーを設立

チューリッヒ近郊の都市ウィンタートゥール出身です。父親は会社CEO、母親は主婦という家庭で育ちました。父親は多忙で不在がちでしたし、親から何か積極的なインプットがあったわけではありませんが、自分で何か物事を作り出すのが好きな子どもでしたね。新聞を作ったりしたこともありますよ。
13歳のときには、年長の友人3人と共にモデルエージェンシーを設立しました。音楽や運動が得意だったので、いったんは教育系高校に進学。でも、モデルエージェンシーの仕事をするうちに興味が変わり、経済系高校へ編入しました。勉強は面白かったのですが、学業と仕事の両立が難しく、結局18歳で中退することに。友人たちも事業から離れたため、このときから経営者として1人でやっていくことになりました。

20歳でサービスアパートメント業を開始

東欧から呼んだモデル達の滞在先を探すうち、自分でアパートを借りることを思いつきました。スイスのホテルは高いですからね。リサイクルショップで家具を購入し、部屋の内装をととのえて貸し出したところ、クレディ・スイスなどの大手企業からも声がかかり、需要が高いことが判明したんです。
そこで、本格的にサービスアパートメント業に乗り出しました。ちょうど20歳のときです。最初は、25部屋からスタート。2年後には、父親が私の事業に理解を示し、100万フラン(約1億円)の資金を提供してくれました。それを元手に、チューリッヒ中央駅近くにビルを購入。1999年に、「ヴィジョンアパートメンツ(VISIONAPARTMENTS)」を設立したんです。

現在はスイス主要都市のほか、欧州へも進出

便利なロケーション、美しいインテリアスタイル、クリーニングなどのサービスを兼ね備えたレンタルアパートメントは当時珍しく、事業は順調に滑り出しました。2007年にはスイス・フランス語圏のローザンヌ、2009年にはドイツのベルリンやフランクフルト、オーストリアのウィーンなど、国外へも進出しています。
現在は、欧州10都市に1,800部屋以上を保有。社員は2018年現在200人以上おり、顧客サポートや会計・IT関係は、ポーランドのオフィスが担当しています。

スタイリッシュなインテリアデザインが特徴

アパートメント事業ではインテリアデザインに特にこだわっており、専属のデザイナーや建築家、建設チームが、様々なコンセプトの部屋を作り上げています。現在、バーゼルでは、日本にインスピレーションを受けた部屋も準備中なんですよ。床にクッションを敷いて座るスタイルで、桜のモチーフなどを取り入れる予定です。
また、「リビングホテル(LIVINGHOTEL)」というプロジェクトも、スイス・フランス語圏のヴェヴェイで進行中。個々の部屋はホテル並みのスペースですが、キッチンやラウンジ、オフィスなどのシェアスペースを兼ね備えており、他のゲストとも交流しやすくなるのが利点です。今後も、世界を駆け巡るビジネスマンの多様なニーズに応えていきたいと思っています。

生活スタイル

経営者として、欧州を飛び回る生活

週の前半(月~水曜日)は、自宅から車で約10分の距離にあるオフィスに出勤します。マネージャーやIT関係者とのミーティングがメインですね。週の後半(木~金曜日)は、新規プロジェクトが進行中の都市や、バックオフィスのあるポーランド、新たなサポートセンターを設置する予定のルーマニアなど、ヨーロッパ各地へ出張しています。
週末は、現在のパートナーが住んでいるポーランドで過ごすことも多いです。日々あちこちに移動しているため、趣味は旅行といえるかもしれませんね。出張先でもホテルに閉じこもるのではなく、街に出て、ローカルの人たちと会うことを大事にしています。その土地の文化や、人々の暮らしに興味があるんです。

家事は家政婦に任せ、育児は交代で

このように移動の多い生活ですので、自宅の家事は、住み込みの家政婦に任せています。彼女が週2回チューリッヒのマーケットに出かけ、新鮮で良質な食材を買い、子どもたちのために調理してくれています。ポルトガル人の彼女は、とっても料理上手。ソースなどもすべて手作りなんですよ。
4人の子どもたちのうち、3人はインターナショナルスクール、末っ子は現地の幼稚園に通っています。育児は、彼らの父親たちと交代で担当し、常にどちらかが家にいるようにしています。子どもたちがいるから、仕事も頑張れる。彼らは、私の人生で一番大切な存在です。

休暇は、スペインとスイスに所有する別荘に

仕事で忙しい日々を送っているので、残念ながら、友人にはなかなか会えませんね。事業を通して知り合った社長たちとは、コーヒーを飲みながら情報交換したりしています。学生時代の友人は女性が多く、子どもがいる人も多いですね。成功している人もいれば、難しい状況にある人もいたり、色々です。
休暇は、子どもたちの学校の休みに合わせて、夏はスペインのイビサ島、冬はスイスのサンモリッツで過ごします。それぞれの場所に別荘を持っているので、子どもたちの友人も呼んで、プールやスキーなどを楽しんでいます。普段忙しい分、毎年同じ場所に集まって、家族の思い出を積み重ねていくことが大事だと感じているんです。

住居の印象

閑静な高級住宅街に佇む、歴史あるヴィラ

自宅は、チューリッヒ市内の中心部にほど近い、緑の多い静かな住宅街にあります。1年ほど前に、現在の家に引っ越してきました。このヴィラ、今世紀初頭には独身男性のシェアハウスだったようですが、その後はボリビアの領事が住んでいたといわれています。

1階には、キッチンやダイニング、居間、ピアノのあるサロン、洗面所など。2階には、子どもたちの部屋や寝室があります。地下にはスイミングプール、ジム、サウナ、ラウンジも備えていますが、使う暇がなかなかないのが実情です。サウナはまだ入ったことがないんですよ。エレベーターもあります。
外には芝生の庭もあり、子ども用のトランポリンなど、遊具を出しています。

持ち物を拝見

自社ブランドの家具や備品を使用

仕事が忙しく、引っ越して間もないこともあり、自宅のインテリアを整える十分な時間がない、というのが正直なところなんです。そのため、主に弊社のサービスアパートメントで使用していた中古の家具や備品を使っています。
例えば、このティーセットも自社でデザインしたもの。カップの底に、「V」のマークが入っているでしょう?こちらのターコイズブルーの石が入ったものは、ドバイで購入しました。あとは、洗面所のタオル類も、自社ブランドのものを使っています。

サロンにはピアノや長女の作品を

サロンには、音楽好きの長女のため、スタインウェイ&サンズ(Steinway & Sons)のグランドピアノを置いています。壁に飾っている絵も、彼女が描いたもの。彼女によれば「まだ途中の状態」なのですが、なかなか仕上がらないので待ち切れずに飾っています。彼女は父親と共にジュネーブで暮らしており、インターナショナルスクールに通っています。アートが大好きで、近くニューヨークの大学に進学することが決まっているんですよ。

ダイニングには思い出の写真を飾って

ダイニングの壁にかけてある風景写真は、有名な写真家のものというわけではなく、私が出張先や旅行先で撮ったものなんです。携帯のカメラで撮ったので、あまりいい画質ではありませんが、楽しかった時のことや、印象深い瞬間を思い出すことができます。廊下には、休暇の際に撮った家族写真も飾っていますよ。
また、ダイニングテーブルの上の大きな照明は、友人でもある弊社のデザイナーがセレクトしてくれたもの。白い部分の大きさを変えたり、明るさも調節できたりするので、使い勝手もよく、気に入っています。

日本関係のものは、料理本

自宅にある日本関係のものといえば、料理の本くらいでしょうか。現在進めているバーゼルの「ジャパン」プロジェクトで、桜モチーフのものなど気に入ったものがあれば、今後自宅にも置く可能性はありますね。

買い物について

自分の買い物は、出張中の空き時間に

普段なかなか買い物をする時間が取れないので、出張先で街歩きをしながらショッピングすることが多いですね。自分の服も、大体旅の途中で買っています。空港やホテルにあるショップで購入することもありますよ。ミラノでは、「リッチモンド(RICHMOND)」のショップによく行きます。
チューリッヒでは、高級デパート「イェルモリ(Jelmoli)」が行きつけのお店。世界中のブランドが揃っており、地下フロアには質の高いフードマーケットもあって、気に入っています。

プレゼント選びは、贈る人を思い浮かべて

家族や友人へのプレゼントも、旅先で店を見ていて「ああ、これはあの人に合いそうだな」と感じたら購入する、という感じ。「6個必要だから、まとめて買っておこう」というようなスタンスではなく、必ず贈る人を思い浮かべて、それぞれに合う品物を選びます。
できれば、相手が予想していないような物を贈りたいのですが、スイスの人達はもう既に色々な物を持っているので、プレゼント選びはなかなか難しいですね。
子どもたちには、自転車や靴、洋服や趣味のものなど、必要なものをその都度買っています。

出張で使える実用品のプレゼントも

私が頂いた物としては、FIFAに勤務している親友の女性から、ヘアオイルなど美容系の品物をもらったことがあります。彼女も1年の半分は海外出張という、多忙な生活を送っているんですよ。
あるとき、私が「出張では荷物を少なくしたいから、クリームなどの化粧品類はたくさん持って行けないの。だから、ハンドクリームを髪の毛にも使っているのよ」なんて話していたら、「あなたのようなポジションの人が、そんなことをしていてはだめ!」と叱られてしまったんです(笑)。そして、旅行でも持ち運びしやすいオイルなどを色々プレゼントしてくれました。ありがたかったですね。

情報集め

ニュースはオンラインで、SNSは最小限に

ビジネスのために、「シング(Xing)」というウェブサイトをチェックしています。情報収集はオンラインがメインで、紙媒体の新聞や雑誌、テレビはほとんど見ていません。
SNSについていえば、ワッツアップは使っていますが、フェイスブックやインスタグラムはほとんど利用していません。インスタで友人たちの近況を見ていると、あっという間に30分くらいたってしまうでしょう。それでは時間がもったいないし、私は仕事でのプライオリティに集中したい。取材にしても、事業に関するものは受けますが、基本的にプライベートはあまり公開したくないというのが本音なんです。

日本文化に対して

日本のイメージは「トレンド」「ヘルシー」

日本に対しては、「世界のトレンドセッターであり、食べ物がヘルシー。そして人々がよく働く」というイメージを持っています。
2014年春の週末に、一度だけ東京に行ったことがあるんです。その際は、「マンダリンオリエンタル東京」に宿泊しました。ホテルから眺めた東京のスカイラインに圧倒されたのを、今でもよく覚えていますよ。

日本人のおもてなし、謙虚さに感動

東京での滞在中は、サービスが素晴らしいと感じました。例えば、タクシーの運転手も、途中で降ろさずに最終目的地までちゃんと送り届けてくれたにも関わらず、チップを受け取らなかった。そうした面においても、日本人の仕事の正確さや謙虚さが現れており、感銘を受けました。
また、スイス人とメンタリティーが似ていると感じます。特にフランス語圏の5つ星ホテルなどでは、日本のような温かいおもてなし文化がまだ残っているんですよ。一方で、チューリッヒを始めとするドイツ語圏は、人々の対応がもっとドライで、ちょっと残念に思っているんです。

次回は京都や田舎へも足をのばしたい

この日本旅行は3日間と非常に短い滞在でしたので、次回は京都などの歴史ある都市や地方にも足をのばしてみたいですね。近未来的なホテルである「カプセルホテル」にも入ってみたい。実際にどんな感じなのか、興味があります。
買い物をする時間もほとんど取れなかったので、次回はぜひ。購入するとしたら、自宅のインテリアやデコレーションに使えそうなものや、旅の思い出をよみがえらせるようなものでしょうか。日本製には限りませんが、絵やランプ、カーペットなどにも興味があります。

ヘルシーでライトな日本食のファン

日本食やアジアンフードは好きで、普段もよく食べています。オフィスのあるビルの1階に入っている、日本食レストラン「エドマエ(Edomae)」でランチをすることも多いですね。魚や肉がのった丼物や、「手織り寿司」という自分で巻く寿司のスタイルが好きです。味噌汁や枝豆も、おいしいですよね。
また、チューリッヒ中央駅前にある「サラ・オブ・トーキョー(Sala of Tokyo)」の炉端焼きも気に入っています。シンプルに焼くのが、ヘルシーでいいなと感じます。スイスではバターソースやクリームソースをかけた、カロリーの高い料理が多く、苦手なんです。子どもたちも日本食が好きなので、よくケータリングを頼んでいますよ。

成功者、富裕層の定義

成功者には、「明確なヴィジョン」がある

成功者には、エネルギッシュな人が多いと感じます。モチベーションも高く、新しいアイディアを色々持っていて、常に次のことを考えています。また、自らのライフスタイルが確立されている人も多いですね。
富裕層はお金持ちではありますが、だからといって皆がそのお金を、意味のあるやり方で使っているとは限りませんよね。ただの「消費者」である富裕層も、少なからず存在していると思います。そうした点が、成功者とはまた違うのではないでしょうか。

アーニャ氏の御用達~レストラン・エドマエ(Edomae)

店名:エドマエ(Edomae)
業種:飲食業(日本食レストラン)
所在地:Talstrasse 62, CH-8001, Zürich
電話番号:+41 (0)44 544 0033
営業時間:月~金10:00~20:00
定休日:土、日曜日
ウェブサイト:https://edomae.ch(英語)
取材対応者:オーナー、デニズ・アカヤ(Deniz Akkaya)
商品名(値札)等の言語:ドイツ語

インプレッション(印象)

ビジネス街にある、ニュートラルな店構えのレストラン

チューリッヒの金融の中心地パラーデプラッツに近く、人も車も行き来が多いタール通り。リヒテンシュタインに本部を置く「VPバンク(VP Bank)」や、スイスで初めて仮想通貨を取り扱った「ファルコン・プライベートバンク(Falcon Private Bank Ltd)」等、様々な銀行がひしめくエリアに、「エドマエ」はあります。
「Edomae」という看板がかけられ、窓ガラスに店名が書かれていますが、一見した限りでは日本食レストランと分からない店構え。天井からは様々な観葉植物が吊り下げられ、ガラス張りの明るい店内は、カフェのような雰囲気です。店内スペースは広々としており、内装は非常にシンプル。壁の鮮やかな配色のポスターが目をひきます。

お店の概要

きっかけは、日本人の友人との会話

創業は2018年であり、チューリッヒで最も新しい日本食レストランの1つである「エドマエ」。オーナーは、スイス人とトルコ人の血をひくデニズさんです。元々は会計士であり、バーやクラブでも働いていたという彼が、なぜ日本食レストランを始めようと思ったのか。
実は彼、黒澤明や北野武などの日本映画や和食の大ファン。20代の頃から休暇で度々日本を訪れており、2013年には6か月間滞在したことも。そんな彼がある日、スイスの寿司レストランで食当たりにあい、日本人の友人が「日本でも寿司はピンキリ。自分はカウンターでおまかせの寿司しか食べない」と発言したことから、「そういえば、おまかせはスイスにまだない。これはビジネスチャンスだ!」と感じたのだそう。

オープン直後から、ローカル注目のレストランに

デニズさんは早速、店のコンセプトを作成。「伝統的な江戸前寿司」を提供するため、以前から知り合いであり、地元チューリッヒの高級デパート「イェルモリ(Jelmoli)」で12年間寿司を握っていた、日本人とスイス人の血をひくフンキさんに声をかけ、料理長として腕をふるってもらうことになりました。
2018年4月にオープンするやいなや、またたく間に地元ビジネスマンの人気ランチスポットに。手軽でヘルシーな丼物や、スイスでは他に見かけない「手織り寿司」、そして毎晩2組限定の「おまかせ」コースが評判をよび、注目の和食レストランとして様々なメディアにも取り上げられました。

シンプルなインテリア、パーソナルな接客

店の内装のテーマは、「限りなくミニマリスティック」。知り合いの日本人建築家がデザインした照明や、チューリッヒのデザイン美術館から借りた日本製の広告ポスター3点を飾るほかは、過剰なデコレーションを排除。昼と夜で飲食スペースを分けており、合わせて49席あります。
従業員は、日本人や日本にルーツをもつ人を採用し、日本らしいきめ細やかなサービスを行っています。英語メニューはまだありませんが、口頭で対応可能。「紙で配られるよりも、もっとインティメート(親密)な感じがするでしょう?」とデニズさん。接客では、顧客とのパーソナルなやりとりを大事にしているそうです。

品揃え

ランチには、手早く食べられるちらしや麺類

ランチタイムの売れ筋メニューは、「鮭ちらし」(24.80フラン、約2,700円)。鮭、卵、アボガドなどがのったちらし寿司に、味噌汁か胡麻サラダがつきます。ほかに、マグロや海老などが入った「ミックスちらし」(27.80フラン、約3,000円)や、「ベジちらし」(21.80フラン、約2,400円)もあります。
麺類では、鴨うどん(26.80フラン、約2,900円)、海老うどん(24.80フラン)、野菜うどん(22.80フラン、約2,500円)を用意。夏には限定メニューとして、冷やし蕎麦も提供しています。

スイスで初めて「手織り寿司」も紹介

また、京都のレストラン「あうーむ(AWOMB)」が編み出したという「手織り寿司」は、手巻きよりも小さいサイズの海苔に様々な具材を織り込んで食べる、新しいスタイルの寿司。「エドマエ」では、鮭(28.80フラン)、ミックス(32.80フラン)、野菜(26.80フラン)の3種類の手織り寿司を出しており、顧客からは「メキシコのタコスみたい」と評判も上々なのだとか。
「ランチタイムの売り上げの約5割はちらし、2~3割は手織り寿司、残りの2割程度はうどんといった感じですね」とデニズさん。価格帯としては、安くはないけれど高すぎもしない、中級の部類に入るでしょうか。

夜は、「完全おまかせコース」のみ

ディナーは、毎日2組限定の「おまかせ」コースのみとなっており、一律108.80フラン(約1万2千円)。1組最大7名までと少人数制で、時間も60~70分と決まっています。季節感を大切にしているため、メニューは4週間ごとに変えています。
メニューは、握り寿司のコースに、懐石のエッセンスを加えたもので、全14品。例えば2019年1月のお品書きでは、ハマチや鱈、イクラやウニといった握り寿司の他に、「スズキのお吸い物(柚子入り)」や「きんぴらごぼうマグロ丼」、「親子納豆(豆腐と納豆のコンビ)」といった品々もあり、バリエーション豊富です。

スイス人向けに、味付けも一工夫

スイス人の客が多いことから、梅干しや納豆、ウニといった、好き嫌いの分かれる食材については、味付けも工夫しています。例えば、梅干しにハチミツを添えて酸味を和らげたり、納豆には醤油と辛子だけでなく、みりんを加えてみたり。納豆とウニに関しては「気に入る人半分、苦手な人半分」といったところだとか。
また、スイス人は塩辛い味付けに慣れているため、追加で醤油を頼んだり、自前で塩を持って来たリする人もいるのだそう。その場合、料理人の味付けを尊重してもらうため、やんわりとお断りするといいます。スイスのレストランでは通常支払われるチップも、夜のコースでは基本的に受け取らないなど、日本のスタイルにならっているそうです。

食べ物だけでなく、「食文化」も伝えたい

おまかせコースでは、客がカウンター席についた後、料理長からの説明があります。一品一品、まずは視覚や嗅覚で料理を楽しんでもらい、「どうぞ」の声を合図に食べ始めてもらうのだとか。「食べ物だけでなく、日本の文化も一緒に体験してほしい」というデニズさんのねらいです。。
飲み物代を入れるとおよそ130フラン(約1万4千円)となり、価格帯はハイクラスです。しかしながら、今までのスイスにはなかったスタイルは好評で、これまでに日本食を食べ慣れてきたスイス人にとっても、新鮮な体験になっているようです。

顧客

メインは、「クオリティ」を重視する銀行員

最も混雑するのはランチタイムで、客の3~4割は既に常連で、近隣のパラーデプラッツにあるUBSやクレディ・スイスの銀行員がよく訪れる。特に、日本に行ったことがあったり、日本食が好きだったり、日本人と結婚していたりなど、何かしら日本とつながりのあるお客さんが多いといいます。
店の向かいにはチェーン系レストランがありますが、デニズさんは「チェーン店とは競争にならない」と断言。「このエリアの銀行員は、クオリティを大事にします。マスプロダクションの質の低さに辟易した人たちが多いからです」と分析し、値段が多少高くても質の高さで勝負できると語ります。

ヘルシー志向の社長や、家族連れの姿も

そんな常連の1人が、スイス人の起業家アーニャ・グラフさん。自社オフィスが同じビル内にあることから、よくエドマエでランチをするのだそう。彼女のお気に入りは、ちらしや手織り寿司。「ヘルシーであるのがポイント」だと言います。
場所柄、観光ルートからはやや外れているため、観光客はあまり来ませんが、最近ではバギーを押したファミリーも訪れるようになり、客層に広がりが見られるそうです。

宣伝方法

口コミや、個人客の発信が宣伝に

広告は出していませんが、地元の生活情報サイト「ロノープ(Ron Orp)」など、掲載媒体は多数。また、「チューリッヒでお出かけ!(Zürich geht aus!)」というガイドブックでは、なんとオープンして1年たたずに「チューリッヒでNo.1のレストラン」としてノミネートされ、デニズさんも驚いたといいます。
顧客の中には、個人でブログやインスタグラム、フェイスブックのアカウントを持っている人々も多く、彼らが発信してくれることによって、結果的に店の宣伝になっています。口コミの影響も大きいとのこと。ウェブサイトでは、昼・夜ともにメニューが公開されており、オンラインでも予約可能です。

日本産の品物

基本的には、スイスの卸を通じて購入

取り扱っている食材については、すべてを日本産でまかなっているわけではありません。七味など、どうしても取り寄せなければならないものに関しては、アジア食材に強い「ジョージ・ワイス(George Weiss Lebensmittel AG)」や「フーデックス(Foodex)」などの卸会社から購入。酒や酢、米は、日本産にこだわっています。しかし、玉ねぎなどフレッシュなものに関しては、地元スイス産などを使用しています。
基本的には卸が勧めたものから選んで発注しますが、レストランのクオリティに合わないと感じた場合には、返品することもあるそうです。

魚介類は、漁業問題にも配慮

魚は「ブラッシュレ(Braschler’s Comestibles Import AG)」という、チューリッヒの卸から購入。「ビアンキ(G. Bianchi AG)」という大手よりも3割ほど値段は高いそうですが、品質も高く、場所が近いため、毎日配送してもらっています。
魚も日本産にこだわらず、スコットランド産やセーシェル産も使用。中トロを提供する回数を減らすなど、漁業問題にも配慮しています。

日本文化や特記すべき自国・外国文化へのコメント

日本とスイスは、「ディテール」の国

日本(おもに大阪)に滞在経験があり、友人も多いことから、日本とスイスの両方に精通しているデニズさん。両国に共通しているのは、「ディテールへのこだわり」だと言います。どちらかといえば、日本の方が、より細やかな気配りをしているとのこと。
また、日本人についても、「謙虚で、フレンドリーな人たちが多く、攻撃的であったり、暴力的であったりすることが一切ない」と好意的なイメージを持っています。

違うのは、食事のスピード

ただ、「食事のスピード感が違う」と言います。「日本人は、早く食べたい派。対照的に、スイス人は1時間でも足りないというくらい、のんびりしているんですよ」(デニズさん)。途中で写真を撮ったり、外でタバコ休憩したり。ただ食べるだけでなく、食事の「時間」を楽しみたいという気持ちが強いのだそう。
学校の時間割に例えると、おまかせは「集中して臨む授業」なのに対し、食後のデザートは「休み時間」という位置づけ。バースペースでデザートを食べながら、今しがた食べた料理について、ゆっくり語り合う。そうした時間やスペースを提供できるレストランは、スイス人には響くと話していました。

日本にある「本物の味」を手に入れたい

今後、新たに日本から仕入れたい品物は「ワサビ」だと言います。スイスでは手に入りにくく、しかも高いのだそう。日本産のワサビ1本(40~70g)が、50~70フラン(約5,500~7,700円)するのだとか。大阪の知人を通して試しに少しずつ購入しているそうですが、1本3~5フラン(約330~550円)程度と安いので驚いたと言います。
ワサビに限らず、「外国にある日本風の味」ではなく、「本物の味」を顧客に味わってもらうのがデニズさんの夢。日本企業にも、ぜひヨーロッパへ向けて市場を広げてもらいたいと話していました。

アーニャ氏の御用達~サラ・オブ・トーキョー(Sala of Tokyo)

店名:サラ・オブ・トーキョー(Sala of Tokyo)
業種:飲食業(日本食レストラン)
所在地:Schützengasse 5, CH-8001, Zürich
電話番号:+41 (0)44 271 5290
営業時間:レストラン 火~金11:30~14:00、火~土18:00~23:00
バー 火~金11:30~23:00、土11:00~15:00(ブランチ)、18:00~23:00
定休日:日、月曜日
ウェブサイト:https://www.sala-of-tokyo.ch/(ドイツ語、英語)
取材対応者:オーナー、ロレンツ・ムスター(Lorenz Muster)さん
商品名(値札)等の言語:ドイツ語、英語

インプレッション(印象)

チューリッヒ中央駅前エリアの高級日本食レストラン

ヨーロッパ主要都市へ鉄道が発着する、チューリッヒ中央駅。駅前からのびるバーンホフ通りは、買い物を楽しむ観光客やローカルでいつも賑わっています。「ヨージズ(Yooji’s)」というスイスの寿司チェーン店の角を曲がると、カフェやホテルが建ち並び、少し落ち着いた雰囲気に。韓国・日本食材店「ユミハナ(Yumi Hana)」の向かいに、「サラ・オブ・トーキョー」があります。
入口には石灯籠、窓には「茶」「酒」の漢字と、日本らしさが感じられます。外のテラス席は、夏場、屋外で過ごすのが好きなスイス人にぴったり。店内は、日本酒のラインナップが豊富なバーと、木を基調とした明るい雰囲気のレストランに分かれています。所々に飾られた日本家具や書、浮世絵や着物なども重厚な印象。30~50代くらいのシックな装いの客たちが、ランチを楽しんでいました。

お店の概要

創業当初は、日本人駐在員の御用達店

創業は1981年、スイスで最も古い日本食レストランだといわれている「サラ・オブ・トーキョー」。元々は日本人とスイス人の夫婦(福岡和子&エルンスト・ル-フ)が、市内の別の場所(リマト通り)にオープンしたのが始まりです。店名の「サラ」は沙羅双樹から命名し、和子さんの愛称でもあったとか。
当時のチューリッヒには日本の銀行の支店が30ほどもあったため、顧客の95%は日本人だったのだそう。1985年には、フランスのレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ(Gault&Millau)」で、満点20点のうち16点を獲得し、日本人コミュニティ以外にもその名が知れ渡るようになりました。

スイス人の新オーナーと、一等地で再スタート

2000年代に入ると、スイスでも健康志向が高まり、「ランチは寿司が定番」というビジネスマンも増加。そんな追い風の中、2013年、日本滞在経験のあるスイス人シェフ、ロレンツ・ムスター氏が店の新オーナーに就任。2017年には「夢らーめん」というカジュアルなラーメン店もオープンし、レストラン事業を拡大していきます。
そして2018年夏、チューリッヒ1区の現在地に「サラ・オブ・トーキョー」を移転。テーブル40席、バー25席に加え、約20人収容の個室も完備と、スペースも拡大。内装は友人の日本人建築家に任せ、料理人もすべて日本人を採用するなど、「オーセンティックな日本らしさ」を大切にしています。

品揃え

ランチには、手早くリーズナブルな丼物を

ランチタイムには、日替わりで2種類の丼物を用意。ある日のメニューは、「ビーフカレー丼」(27.5フラン、約3,000円)と「鮭の照り焼き丼」(32.5フラン、約3,500円)で、それぞれ味噌汁とサラダが付きます。ヴィーガンメニュー(グルテンフリー)の「おろしポン酢がけ野菜丼」(22フラン、約2,400円)も用意。手早く食べられる上、スイスのランチとしては妥当な価格であるため、多くの客が訪れるそう。
ちょっと贅沢したい人向けには、刺身や焼き物などを詰めた弁当(42フラン、約4,600円)や、前菜か始まり、寿司や炉端焼きまで楽しめるビジネスランチ(75~165フラン、約8,200~1万8千円)もあります。

売りは「特別懐石」、ハイクオリティな和牛を使用

「サラ・オブ・トーキョー」の本領が発揮されるのは、ディナーの時間帯。ビジネスマンに人気の特別懐石は、前菜、寿司や刺身、揚げ物、おまかせ、焼き物、デザートが順番に出され、季節に合わせた日本料理をゆっくり堪能できる。すき焼きやしゃぶしゃぶといった、鍋物も扱っています。
どの場合も、使用する肉の質によって価格が異なります。最高級であるA5等級の日本産和牛を選んだ場合、特別懐石は200フラン(約2万2千円)、しゃぶしゃぶは280フラン(約3万円)。スイスでレストランでのディナーは通常70フラン以上かかりますが、なかでもハイクラスといえそうです。

寿司や刺身は、注文を受けてから調理

アラカルトメニューは、自家製豆腐や枝豆などのおつまみから、海老や野菜の天ぷら、和牛や海鮮の炉端焼き、抹茶アイスや餅などのデザート類まで、豊富に用意。マグロやイクラなどの握り寿司は1個7フラン(約770円)から、アボガドサーモンやスパイシーツナなどの巻物は6個12フラン(約1,300円)から提供しています。
寿司や刺身は、注文を受けてから作り始めるのが鉄則で、その旨をメニューにも記載。「できたての新鮮なものを味わっていただくのが一番大事」(ロレンツさん)という思いからなのだとか。店内はオープンキッチンスタイルになっており、ガラスケースには色鮮やかな魚介類が並んでいます。

クオリティの高い日本酒を厳選

ドリンクも各種取り揃えています。ワインは、フランスやイタリア、スイスなどヨーロッパのものを。日本酒の産地は、北海道、仙台、群馬、愛知、三重、兵庫、伊丹、神戸、福井、鳥取、島根、山口、高知、福岡と多岐にわたります。バースペースには、軽井沢やニッカ、サントリーなどの日本のウィスキーの姿も。
ラインナップの中でも、山口の「獺祭」は、ヨーロッパでもハイエンドな日本酒として有名なのだとか。こちらのレストランでは、「獺祭23」が245フラン(約2万7千円)、「獺祭50」が165フラン(約1万8千円)、「獺祭磨きその先へ」が980フラン(約10万円、いずれも720ml)で提供されています。

顧客

地元ビジネスマンから観光客まで様々

チューリッヒで一番賑わうエリアにあるため、ビジネスマンや観光客、家族連れなど、様々な客が訪れます。以前は日本人が大半だった客層も、現在はスイス人が9割ほどと逆転。チューリッヒ周辺に住む常連も多く、ランチやディナーの時間帯は、常に混雑しています。
近くに別の寿司レストラン(ヨージズ)があることについて、ロレンツさんは「ヨージズはファストフード的なお店。店のコンセプトが異なるので、特に影響はありません」と回答。1人ひとりの顧客に対しきめ細かいサービスを行い、クオリティの高い食事を提供する方針を貫いています。

常連は、ヘルシー志向な富裕層

この店に通う常連の1人が、不動産会社「ヴィジョン・アパートメンツ(Vision Apartments)」を経営する、アーニャ・グラフさん。ヨーロッパの肉料理に付いているソースが脂っこくて重たすぎると感じていたところ、ここで炉端焼きに出会い、「シンプルでヘルシー」な点が気に入ったのだという。
また、チューリッヒの高級メンズファッションショップ「ディーシースタイル(DeeCee style)」オーナーのマルクス・カドルヴィさんは、ここで刺身をよく食べるといいます。このように地元の富裕層も行きつけにしているレストランであり、評判は高いようです。

宣伝方法

個人客のSNS発信が、店の宣伝に

自ら積極的に広告は出していませんが、「ターゲスアンツァイガー(Tagesanzeiger)」や「NZZ」」などの地元新聞や、「グリュエツィ(Grüezi)」というスイス在住日本人向けのフリーペーパーに取り上げられることはあるといいます。
最近は、店を訪れた客が自分のブログやインスタグラムに写真などを載せることも多く、「そうしたお客さんの行動が自然と店の宣伝になっています」とロレンツさんは話します。
店のウェブサイトは、インターナショナルな客層を反映して、ドイツ語と英語の2カ国語表記。ランチやディナーメニュー、季節ごとのスペシャルメニュー、ワインや日本酒のリストなども公開。予約はオンラインでも受け付けており、フェイスブックとインスタグラムのアカウントもあります。

日本産の品物

日本食材は、欧州の卸を通して購入

日本産の品物に関しては、スイスやヨーロッパの卸会社を通して購入しています。海鮮類は、スイスの「ビアンキ(G. Bianchi AG)」やオランダの「北海水産(Hokkai Suisan B.V.)」。日本酒は、ドイツ発祥でスイスに支店がある「ウエノグルメ(Ueno Gourmet AG)」や、チューリッヒにある「しずくストア(Shizuku Store)」、「イル・フォー(Île Four)」を利用しています。
基本的にはこうした企業が、ロレンツさんの方へ新商品をアプローチしてくるのだとか。食器などは自ら日本で買ってくることもありますが、食材は質が命。リスク防止の観点から、すべて卸を通すことにしているそうです。

スイスは特に規制の厳しい国

ただ、食材の輸入に関しては、ヨーロッパの中でもスイスは特に制約が多く、頭を抱えることも多いといいます。
その一例が、アイスクリーム。スイスでは「スイス産の牛乳を使うように」という政府の方針があるために、日本から輸入できないのだそう。北海道産ウニも、「網ではなく手で捕獲しなければならない」という理由で、入手困難。食材一つひとつに対して細かい規制があり、一筋縄ではいかないのが実情のようです。

個別企業とのやりとりは、基本的にNG

日本企業からの売り込みとしては、以前、日本の酒造ツアーがレストランを訪れたことがあるそうですが、「個別に直接やりとりするのは正直に言って難しい」というのがロレンツさんの本音です。
その理由は、手続きの複雑さにあります。スイスはEU地域外にあるため、日本から輸入する場合、「日本→EU」「EU→スイス」と2段階の手続きが必要。前のオーナーはその事務手続きを自分たちでやっていましたが、実際に取り扱う量は少量であるにも関わらず、膨大な時間と手間をとられる作業のため、現在は卸を通すことにしているそうです。

日本文化や特記すべき自国・外国文化へのコメント

日本ともつながりが深いオーナー

ロレンツさんは元々フレンチのシェフで、日本料理に魅力を感じ、休暇で日本を度々訪れていた。東京にも2年間滞在し、日本語学校に通いながら、夜は飲食店でアルバイトという生活を送った経験の持ち主。三つ星レストランからラーメン屋まで、飲食業界の様々な現場で働いた経験が今、役立っていると言います。
現在は日本人のパートナーもおり、家族・仕事関係で東京を訪問することが多いロレンツさん。讃岐うどん発祥の地・四国に強い関心があり、いつか訪れたいと話していました。

スイスよりも日本の方がクオリティに厳しい

これまでの日本との付き合いから感じるのは、「スイス人と日本人は、文化や規律の面で似ている」ということ。どちらも真面目で、時間にも正確。ただ、飲食業界では、日本の方がクオリティに厳しいと感じるという。「スイスは人口も少なく、飲食店の競争もそれほどありません。だから、みんな現状に満足しがち。一方で、日本は競争が激しく、皆ハングリー精神がありますよね。その結果、質の向上につながるのだと思います」

日本食材は、難しいけれど求められている分野

「スイスの市場は小さいけれど、日本や日本製品への関心は強い」と話すロレンツさん。特に飲食業界では、より多様な食材を必要としているため、チャンスは大きい見込み。彼自身は、木の芽や京野菜など、日本でしか手に入らない野菜に関心があり、日本企業のさらなるヨーロッパ進出に期待を寄せている様子でした。

公開日:2019年 11月 6日

タグ:富裕層

ページコンテンツ