ブルクベーカリーは、1977年、北海道江別市で、パン職人だった竹村克英氏が、本格的なドイツパンを製造・販売する店として開いたのが始まりで、その後、1986年に社屋および本店を札幌市中央区円山に移した。防腐剤や着色料などの添加物を使わず、北海道産のオリジナルブレンドの小麦粉を用いて、工程のほとんどを機械に頼らずに手作業で作り上げていくパンは、多くの札幌市民に愛され、根強いファンを持つ。

現在は、札幌駅前のデパートにも売り場を構えるなど、市内で5店舗を展開している。

順調に事業を拡大し、多くの弟子を育ててきた竹村氏であったが、年齢が70歳を超えた頃から、次第に自分の引き際を考えるようになった。しかし、自分には後継者がいない。育ててきた弟子たちは、技術はあるが経営のノウハウがない。考えた末、店を閉めて、自社が持つ本店の土地・建物を処分することを決意した。その際に知人に紹介されたのが、札幌市内で不動産業を営み、現在のブルクベーカリーの社長を務める丹山東吉氏である。

丹山氏はこの話を受けた当初、本店の立地は住宅街で不動産としての価値もあったので、通常の不動産取引として考えていた。しかし、周囲の人たちからの「ブルクベーカリーは、固定客もついていて人気があり、北海道ブランドとして確立している素晴らしいベーカリーなのに辞めるのはもったいない」という声を受け、実際に竹村氏と会って話をしてみたところ、「経営が分かる人がいれば、本当は店を存続させたい。良ければ君がやってくれないか」と声を掛けられたことから、竹村氏が顧問として店に残ってサポートしてくれることを条件に、2012年3月、丹山氏が同社の経営を引き継ぐことになった。

利益を上げていくためには海外市場に勝負すべき

丹山社長は事業を引き継ぐと決めた時から、ブルクベーカリーの海外進出を念頭に置いていた。国内の市場は人口減少を背景に縮小していく傾向にあり、ベーカリー業界も競合が激しい。社員のモチベーションを上げるためには、国内だけでなく海外市場でも勝負すべきだと考えていた。また、北海道発というブランドも海外での展開には有利に働くと考えた。竹村氏にこれらの構想を話すと、「私も若ければ海外に店を出したかった」と言って、すぐさま賛同してくれた。

友人からのハワイ出店の誘いで現地を視察

海外進出することを決めて、進出先検討のための情報収集を始めた頃、丹山社長の古くからの友人で、ハワイ・ホノルルのアラモアナ・ショッピングセンター内のデパートで副社長を務める人が、丹山氏がブルクベーカリーを引き継いだという話を聞きつけて連絡をしてきた。その友人も北海道出身者であったため、ブルクベーカリーのことはよく知っていた。話をする中で、「もしも海外進出を考えているのであれば、うちのデパートに、テナントとして出店してこないか」と誘われた。この話が出るまでは、ハワイという選択肢は全く頭になかったが、せっかくなので、まずは現地を見てみようということになり、竹村夫妻の慰労旅行も兼ねて、一緒に現地に視察に行くことになった。

現地では、いくつものパン屋を巡り、客の入り具合、パンの種類、価格、味などを見て回った。実際にパンを買って食べてみると、あまり美味しくないし、価格も高いと感じた。これならハワイ出店は必ず成功させられると直感し、竹村氏とも意見が一致したため、ハワイ・ホノルルに進出することを決めた。

日本とは異なる法規制や商習慣

出店先のデパートとの調整により、出店時期は約1年後の2013年4月を目指すことになった。現地でも日本と同じように職人による手作りのパンを売りにしようと考えていたため、国内スタッフの中から、技術力はもちろんのこと、人間的に特に信頼がおける3名の職人を選出した。そして、進出までの限られた時間を使い、週に1回英会話の先生を呼んで英語のレッスンを行ったり、一緒にビザを取りに行くなど準備を進めた。

2013年に入ると、いよいよ本格的な出店準備に向け、ハワイに100%出資の現地法人「BRUG,LLC」を設立した。現地社長には丹山社長自身が就任した。出店に向けての現地での法手続き、店舗の内装工事の手配、原材料等の調達、人材の採用等、諸々の手続きは、ほぼすべて丹山社長自らが行った。日本での本業もあるため出張での対応になったが、出店までに30回程度日本とハワイとを往復することになった。

店舗の内装工事や原材料の調達は、ハワイの地元業者に依頼した。しかし当初、地元の業者らは非協力的で、トラブルが相次いだ。ハワイの人たちは地元の企業を非常に大切にする。一度その枠の中に入ってしまえば、非常に友好的で、様々な面で協力してくれるのだが、その関係を築くまでが大変であった。海外から進出してくる企業は、地元企業の脅威として捉えられてしまう。見積もりを依頼しても何か月も返答がなかったり、業者と突然連絡が取れなくなったり、工事が大幅に遅れるといったことなどが頻繁に発生した。その結果、当初は2013年4月1日にオープン予定であったが、その時には看板しかついていない状況で、最終的に開店は3カ月遅れの7月にずれ込んだ。

人材については、職人10名を含む25名を現地スタッフとして採用した。アメリカでは雇用を増やすために、週40時間を超えると給料が1.5倍になる仕組みがある。このため、週40時間を超えないように多めの人数を雇ってシフトを組む企業が多い。同社もこれに倣った。またこれとは別に、業務を円滑に進めるため、派遣会社にお願いをして、英語と日本語を話せる人を3名派遣してもらった。人件費は高くつくが、優秀な人が来てくれたので最初から業務をスムーズに進めることができた。

商品の価格設定は、現地の競合店10数店舗すべての価格を調べあげ、基本的にその価格帯に合わせることにした。その結果、日本と比べて1.5倍くらいの価格設定になった。材料の調達は、バター、塩、砂糖など現地の問屋にあるものはそこから仕入れ、ブルクベーカリーの味を保つために必要な北海道産のオリジナルブレンドの小麦粉だけは、日本から輸入することにした。

その他、日本とは異なる様々な規制や商習慣があることも知った。厨房の作り方や広さも決められており、パンの陳列でも上にプラスチックカバーをつけないといけないとか、床を掃除した後はお客様が誤って転ばないように、それを知らせる案内板を一定時間掲出しておかないといけないとか、事細かな決まりごとがたくさんあった。そうした規制を守っていないと、アメリカではすぐにその場で営業停止が求められる。開店前には、そうした細かな情報収集にも励んだ。

幸いにも同社の場合、テナント先のデパートから、進出前に様々な情報やアドバイスをもらうことができた。丹山社長は「我々は本当にラッキーだった」と話す。

予想を上回る繁盛ぶりに現場スタッフはてんてこ舞い

開店後の売上は順調だった。予想を上回る繁盛ぶりで、お客様が多い時は閉店時間を前に早々に商品が売り切れてしまう。息をつく間もない忙しさに、現場のスタッフが疲れ果ててしまうというのが最大の悩みだった。丹山社長自身も日本とハワイの往復や、遠隔操作でのオペレーションに限界を感じてきた頃、丹山社長の大学の後輩であるチェ・ミホ氏が、「BRUG,LLC」の経営に興味を示してきた。チェ氏は、英語、日本語、中国語、韓国語の4カ国語を操り、中国で食品関連の小売店を2年間で40店舗まで拡大した実績を持つ女性で、丹山社長が個人的にも非常に信頼を寄せる人物だった。丹山社長は、チェ氏に「BRUG,LLC」の社長の座を譲り、自身は会長に就くことに決めた。現在、チェ社長はハワイに居住して現地法人の経営に関する事項のほとんどを担ってくれており、現地にいるスタッフともうまくやってくれている。

多くの想定外の事態を乗り越えて事業は順調に進む

ところが、開店から2年半ぐらい経った頃、想定外の事が起こった。入居していたデパートが、アラモアナ・ショッピングセンター内の他の場所に移転するということで、契約が途中で打ち切られることになってしまったのである。仕方なく、同社は2016年6月に同ショッピングセンターの別の場所にリニューアルオープンした。しかし、移転に際し店舗の面積が半分くらいに縮小されたため、店舗内でパンを作る十分なスペースがなくなってしまった。そこで別の場所に新たにパン工場を作り、一部のパンを製造して店舗まで輸送することにした。また、このパン工場での製造能力を活用する目的もあって、近々オアフ島で第2の規模を誇るショッピングセンターであるパールリッジ・センターにもう1店舗出店する予定である。

このように数々の困難を乗り越えてきたブルクベーカリーのハワイ進出であるが、「アラモアナ・ショッピングセンターの1店舗で日本の5店舗分の売上をあげており、大成功だと思う」と評価している。「同じものばっかりをやっていてはだめで、新しいところに行ったら新しいものにチャレンジすべき」という丹山社長の考えのもと、現在はハワイ独自の新商品開発に力を入れており、現地のフルーツ等を使って積極的に試作に励んでいる。

ハワイでの展開から将来的にはアメリカ本土を目指す

昨年から日本とハワイのそれぞれの職人同士の交流にも力を入れ始めた。日本で頑張っているメンバーを何人か選出し、ハワイ店に3日くらい派遣して向こうのレシピを学んでもらい、日本に帰ってきて作らせたりしている。反対にハワイ店の創業時からの現地スタッフを日本に呼び研修をさせるなど、相互の交流を図っている。このような交流が刺激になり、日本のパン職人たちのモチベーションも上がっている。

今後は、チェ社長を中心にハワイでもう少し店舗数を増やし、将来的にはアメリカ本土進出も視野に入れ、さらなる海外展開の拡大を目指している。

プロフィール

代表取締役社長 丹山 東吉 氏

代表取締役社長 丹山 東吉 氏

有限会社ブルクベーカリー

所在地  北海道札幌市中央区大通西23丁目1‐11
創業    1977年
資本金   500万円
従業員数  35人
事業内容  ドイツパン、調理パン、各種デザートの製造販売
電話番号  011‐642‐4216
URL      http://brugbakery.com/ja/