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「海外との競争の中でMADE IN JAPANにこだわりヒット商品を生み出した玩具メーカー」 ‐株式会社オビツ製作所‐


  • 2017-04-06
  • 海外マーケティング
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1㈱オビツ

オリジナル商品で存在感を発揮する葛飾区の玩具メーカー

おもちゃ産業のまちとして知られる東京都葛飾区。今でも日本を代表する玩具メーカーが立地しているが、オビツ製作所もその一つ。フィギュア、ドール分野で、愛好家の間で有名な企業である。同社が扱うのは主にソフトビニール製の人形で、キューピー人形やアニメキャラクターのフィギュアなど、様々な種類のフィギュア、ドールをOEM生産している。そのほか、同社のオリジナル商品として、オビツボディ、オビツキューピーなどを製造販売しており、精巧な作りとカスタマイズの容易さが愛好家の間では熱烈な支持を集めている。

 

高度成長期に玩具の輸出を目的に個人創業

同社の歴史は、そのままずばり、海外企業との競争の歴史である。そもそも創業した当初は輸出が目的であった。創業者の尾櫃三郎氏は勤めていた玩具問屋を退社後、それまでに培った貿易知識を生かして、1966年、葛飾区の地場産品である玩具を米国に輸出する業務を個人事業で始めた。周囲には単独では貿易ができない中小玩具メーカーが多かったため、輸出を伸ばしたいと考えていたこれらの企業が同氏の呼びかけに応じて集まり、商品を委ねてくれた。こうした輸出事業は順調に成長し、1970年、1971年と二度に亘り「輸出貢献企業」として通商産業省から表彰されるほど輸出を拡大することができた。そして、事業規模が十分大きくなったところで、1970年に、株式会社オビツ製作所を設立した。

1971年以降、突然のオイルショック、円高により輸出が落ち込むことがあったが、ちょうどその時期に日本国内で新装開店した大型リゾート施設から、施設内の売店で販売する商品を至急調達したいという相談を受け、お土産用のグッズの製造・販売を始めた。この時、新商品開発に尽力した結果、ソフトビニール製の人形やキーホルダー、孫の手などの実用品も含め多数のヒット商品を生み出すことにつながった。これがきっかけで同社の事業は玩具の輸出からお土産用グッズの国内市場へと市場を広げることができた。この新事業は輸出とは異なりコンスタントに収益を生むことができたため、この時期の同社にとっての救世主となった。

多種多様な玩具製品の輸出を手掛ける内に、国内外の売れ筋商品の予測ができるようになり、自社ブランドを開発したいと考えるようになった。はじめは海外の顧客の要望に応じて生産を地元メーカーに依頼して輸出する程度であったが、次第に自らデザインした玩具の商品化にも乗り出し、親しいメーカーに生産を委託して、やがて自社ブランドをつけた製品の輸出を開始した。そのようななかで、「ビニーボビー」という商品名の人形が国内外で大ヒット。このヒットで得た収益をもとに、1976年には新社屋を建てることができ、そこに念願の工場も併設することができた。

 

念願の工場建設を果たした直後に襲われた円高の波

1980年になると第2工場を建設。ソフトビニール製玩具の製造を手掛けるべく「スラッシュ成形」の生産ラインを導入した。スラッシュ成形とは、プラスチック成形の工法の一つで、溶かした樹脂を金型に流し込み、表面に付着した部分を焼成して成形するものである。塩化ビニルなどの加工に適しており、精巧な玩具を低コストかつ短時間で生産できる。一方、温度調節、原料注入、引抜きのタイミングと動作などで熟練の職人技を必要とするため、同社では、新たに採用した社員・職人を大切に育てていった。

こうして同社のソフトビニール玩具輸出ビジネスは、順調に成長していった。しかしその矢先、1985年のプラザ合意以降急激な円高に見舞われ、1990年頃になると欧米への輸出は激減してしまう。やがて廉価の中国品に国内でも価格で対抗できなくなり、受注量が大きく落ち込むことになった。

 

中国進出の誘いを断り国内生産を守る

中国製品が低コストを武器にしてシェアを伸ばす一方で、割高な国産品が土産物店から敬遠されるようになり、同社の売上は落ち込み、再び正念場を迎えることとなった。同時に、低賃金・低コストで生産可能な中国に生産を移転する企業が続出し、葛飾区内の玩具メーカーもこの時相次いで生産を海外に移した。

同社も取引企業から中国への移転を誘われるようになった。しかし、同社は品質を守りたいと思ったし、何よりも国内での雇用を継続して職人達及び従業員の生活を守りたいと考えた。そこで誘いを丁寧に断り、何とか競争力を高めるために技術力を磨くことに力を入れた。この研究開発がその後、自社商品「オビツボディ」の誕生と特許取得につながっていった。

 

地道な経営の中から生まれたヒット商品「オビツボディ」

しばらくは同社にとって厳しい時期が続くが、そのような選択が誤りではなかったと認識できたのはフィギュアブームが到来した時だった。

もともとソフトビニール製玩具の品質で高い評価を得ていた同社は、キャラクターの版権を持つ企業からフィギュアの委託生産の注文を受けては、技術力に磨きをかけていた。

また、ユーザーがフィギュアに要求する品質は、人間と同じ様に関節の可動範囲が広く好きなポーズができること、そしてその体勢を長時間保つ姿勢保持力があることだと考え、同社はその要求を満足させる技術を開発し続けてきた。その結果、人間と同じようなポーズが取れ、しかも足にマグネットを入れているため、立ったまま倒れない人形の素体の開発に成功した。この骨格を工夫したアイデアや技術が特許庁にも認められ、人形の世界では異例となる特許を取得。かねてから自社ブランドへの想いが強かったことから、社名をとって「オビツボディ」と名づけた。

実は、本来下請けであれば製作者の名称は記載されないことが普通であるが、オビツボディの場合は有名キャラクターのフィギュアの製品パッケージに「この製品はオビツ製作所のオビツボディが使用されている」とわざわざ表記されていることがある。このことからも、オビツボディが愛好家の間で支持されていることが伺える。

同社がフィギュアの素体メーカーとしての地歩を固めるうちに、ユーザーのニーズも進化してきた。フィギュアやドールの既製品をただ所有するだけではなく、ドールの元となる素体を購入して、彩色を施し、服装や装飾を加えて自分の作品を作りたいという愛好家が現れてきた。そこで、同社もそれに応えるため、個人向けにオビツボディのパーツ販売に力を入れることを決めた。その結果、完成度の高さから愛好家に認められ、現在は「ドールの素体と言えばオビツボディ」と言われるまでに至っている。また、自らデザインしたドールの完成品やドールに添えるアクセサリーの製作・販売も開始して注目を集めている。現在オビツボディの販売が同社の売上のかなりの割合を占めるまでに育っており、同社の好業績を支える主力商品となっている。

また近年は、大型成型回転炉(ローテーション成型)を導入し、これまで不可能だった大型フィギュア・ドール、さらに今注目されているロボットの外皮、FRPに代わる大型ディスプレイ商品などの受注を可能にした。現在は、こうした有望商品を低価格で量産化できる体制が整っており、同社の強みとなっている。

 

2㈱オビツ

日本のポップカルチャーブームに乗ってオビツボディの輸出が始まる

このオビツボディの存在は海外の愛好家の間にも口コミで広まり、今では海外にも輸出するようになっている。しかし、この輸出に関しては、意図した結果というよりも、海外から届く要請に対して「何とか対応しているにすぎない」と、同社で輸出事業を担当する現社長の娘でもある副社長の牧さんは謙遜する。

そもそも同社は創業以来、営業そのものをほとんどしてこなかったため、海外への営業活動も当然手がつけられなかった。それでも幸いなことに、最近の日本のポップカルチャーブームによって、主催者側からの要請をうける形で海外のイベントに数回参加することができた。さらには、イベント内で講演を依頼されたこともあり、こうした取組が、さらに海外での知名度アップに結びついていった。

ところが、今度は販売手段が問題となった。もともと輸出業者で始まりメーカーとなった同社には、直接愛好家に販売するための店舗がなかった。国内ではオビツボディを愛好家に直接販売する手段として、自社のオンライン販売サイトを設けて販売していたが、海外への対応はしていなかった。

やがて、知名度の広がりとともに、このサイトを通じて海外の愛好家からも注文が入るようになったが、海外の個人相手では、ロットが小さくて手間がかかって難しいのでお断りするしかなかった。しかし、海外の事業者からも日本語でメールが届くこともあり、こうした熱意にこたえる形で海外の卸売業者や小売業者と取引を開始した。さらに、2015年には中小機構の『パッケージ型海外展開支援事業』を活用して、卸売業者向けのネットショップも開設した。

面白いことに、中国などでは消費者の模倣品への疑念が根強いため、同社の正規代理店であることを証明して欲しいという要求もあるという。一方で、現在、同社の頭を悩ましているのが、その模倣品問題である。人気のオビツボディが中国を中心にニセモノが出回り始めている。これに対しては今後、法的措置を含め厳しく対応する方針である。

 

 

50周年を契機に

同社は2016年に創業50周年を迎えた。国際取引の荒波にもまれる中で、さまざまな課題に直面しても社内一丸となって難局を克服する体制が形作られてきた。そのおかげで、現在の注文に製造が追いつかないような状況が到来している。これからも初心を忘れず、同社を支持してくれるユーザーの期待に応えながら技術を磨き続け、葛飾のおもちゃ産業を守り続けていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

Profile プロフィール

株式会社オビツ製作所 副社長
牧 有里子 氏

所在地  東京都葛飾区金町4‐14‐8
創業    1966年
設立    1970年
資本金   1,100万円
従業員数  30名
事業内容  プラスチック玩具の製造・販売
電話番号  03-3600-2561
URL   http://www.obitsu.co.jp/


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